主観客観

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長期的で総合的な被災地支援を

2011年4月5日

 東日本大震災は一瞬にして多くの人から、大切な物を奪った。最愛の人、家族、友人、同僚、思い出の品、記念品、大切な場所…。数え上げればきりがないだろう。
 通信技術、メディア視聴環境の発展により、おびただしい数の被害状況を伝える情報が地震直後からあふれた。悲惨で凄惨な現場を伝える情報を受け取りながら、16年前の記憶がよみがえり身を切り刻まれるような強い痛みを感じた。

 16年前の阪神・淡路大震災時、私は大阪で中学生だった。私の住んでいた町も大きな被害を受けた。私の家族には大きな被害はなかったが、私自身も恩師を失った。周囲を見渡しても、家が全壊した人、親しい人を失った人など被害は甚大だった。大きな公園や小中学校は避難所になり、やがてその一部に仮設住宅が立った。多くの被災者は震災から半年、1年といった短期間に仮設住宅から離れたが、長期間にわたり生活の目処がたたない被災者もいたことも事実であった。

 被災者にとって不幸だったことは、被害が甚大な地域に注目が集まるあまり、被災地によっては地震の被害が過小評価されてしまったことだった。また、被害を受けた被災者の数が膨大であったため、被害に対する補償は十分なものとは言えず、一部の被災者間で衝突が起こったことは悲劇と言えた。被災地では仮設住宅の設置期限や、集合住宅の建て替え問題、境界線を巡った争いが頻発し、被災した住民同士の間で相互不信が起こり、地域交流に支障を来す例も見受けられた。

 あの地震で学んだこと、それは被災地には公平性を持った長期的かつ総合的な支援が必要であるということである。甚大な災害が地域を襲った際、被災者は千差万別で求めている情報も支援も補償も多種多様である。被災者にとって必要な情報や支援がないということは大きな不幸である。しかし一人一人にあった要望に対し、行政がすべてをカバーすることは事実上難しい。その際に重要となるのは企業やNGOといった組織や地域の人々の支え合いであろう。

 被災地では物資不足が改善し始め、今後は避難から生活再建という新たな道が始まる。その道はある意味、避難より過酷で非常に長い道となるだろう。また、被災地域以外の人々の記憶が風化し、それにより大きく傷つけられることもあるかもしれない。被災者の苦しみや悲しみを少しでも軽減するため、基金を設立したり組織を立ち上げることは重要である。被災者が笑顔で生活を送れるようになるまで、一人一人が長期的に被災者に対し出来ることを考え、行動することが今後は重要になるだろう。

(きりん)


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