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どう考える?新国立競技場問題

2015年10月5日

 19世紀、かつて現在のドイツ南部で栄えたバイエルン王国に、ルートヴィヒ2世という国王がいた。彼は芸術をこよなく愛しており、かねてよりの悲願だった「理想の城」を推し進めていたが、このために王室が乱発した公債は、ついには王国の財政を逼迫してしまった。そうして建てられた城のひとつが、かの有名な白亜の城、「ノイシュバンシュイン城」である。

 さて、その19世紀から2世紀の時代と場所を越え、この「ノイシュバンシュタイン城」のような問題を抱える国がある。2020年のオリンピック開催を間近に控え、新国立競技場建設問題に揺れる我が国がそうだ。当初決定したザハ・ハディド氏の案は、当初想定していた予算を大きく超えて2500億円まで膨れ上がり、物議を醸したことは記憶に新しい。

 しかしこのザハ氏案は、新国立競技場のデザインを決める国際コンペの選考会委員長を務めた安藤氏の言葉を借りるならば、まさに「ダイナミックで流線型で斬新、そしてシンボリック」の一言に尽きる。これが東京五輪のメインスタジアムとしてふさわしいものであったかどうかは別としても、見る者に強烈なインパクトを与えるには十分すぎるものであっただろう。

 恐らく、これがかつての「バブル期」の日本であれば、どれだけ建設費が嵩もうとも、東京五輪の「シンボル」として、この美しいスタジアムの実現に向け、総力を挙げて建設したかもしれない。しかし、建築家が思い描いた、東京五輪の「象徴」として美しいスタジアムを建てるメリットより、この「ハコモノ」にかかる建設費や、莫大な維持管理費などのデメリットが大きいと国民の多くが感じたからこそ、世論はザハ氏案に「NO」を突きつけたのだ。

 建築物は、時として人を魅了し、感動させる「偉大な建築物」となる。それはかつて為政者の権力や財力を示すものであり、あるいは国威発揚のためでもなった。そのなかには、大きな犠牲を払いながらも、後々にそれが大きな「観光資源」となって成功した、ノイシュバンシュタイン城の例も含むだろう。新国立競技場が “カネ”だけがかかるハコモノなのか、後世に語り継がれる“美しい建築”なのか、今はまだわからない。もちろん、費用対効果をしっかりと考え、懐事情や工期も加味して判断することは重要だが、実に56年ぶりとなる我が国悲願のオリンピック開催である。コスト削減重視が謳われる昨今ではあるが、「おもてなし」の心を第一に、代表選手が世界最高峰の競技ができる環境整備こそ、我が国が持てる技術の粋を結集して進めてもらいたいものだ。

(氷菓)


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