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“忖度”を考える

2017年7月5日

 いま、“忖度(そんたく)”が流行っている。テレビや新聞等で耳にしない日はないくらいである。
 そこで、言葉の意味を広辞苑(第六版)で引いてみると、「他人の心中をおしはかること。推察」とある。つまり、相手の気持ちを考えて、察するということである。

 2000年代に入って、もともとの“忖度”という言葉に、「目上の人に気に入られようとしてその意向をおしはかる」という意味を付け加えて新聞等のマスコミが使用するようになったという。いわば、こちらの“忖度”はマスコミ用語といえる。そのため、2008年に発刊された広辞苑(第六版)にある“忖度”には、一般に定着した使用法ではないとして上記の意味は記載されていないのであろう。

 しかし、通常、“忖度”することは円滑な人間関係のために必要なことである。仕事でもプライベートでも、相手の気持ちを察しようとしない人物より、多少なりとも“忖度”する人物の方が好まれるのではないだろうか。

 ところが、“忖度”も使い方を誤ると予期せぬ事態を引き起こすこともある。近年、しばしば報じられる企業不祥事をみていると、上司の心情・立場を部下が“忖度”し、悪い情報を報告しないという悪い忖度が表れた結果なのではないかと感じる。
 このことは、円滑な人間関係の構築・維持のために良かれと思って行う忖度にもかかわらず、誰もが悪い忖度に陥る可能性があることを示唆している。悪い忖度が社内に蔓延すれば、その組織の存続にもかかわる事態に発展しかねない。そのため、組織の責任者は悪い忖度が働かないように、部下が悪い情報ほど積極的に上げられるような仕組みや工夫を常に考えていく必要があるといえよう。

 ちなみに、“忖度”とよく似た言葉に“斟酌(しんしゃく)”がある。再び広辞苑で調べると、いくつかある意味の2番目に「その時の事情や相手の心情などを十分に考慮して、程よくとりはからうこと。てかげんすること」とある。つまり、相手の気持ちを思うだけでなく、行動に移すことも加わる。“忖度”には、いま話題になっているような、おしはかったうえでさらに何か配慮をするという意味はない。一連の報道を目にするたびに、『そこは“忖度”ではなく“斟酌”がより正確な表現なのではないか』と、小さくつぶやいているのは私だけだろうか。

 

(撞球者)


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