日本の競争政策と学校教育

先日、非常に興味深い論文を読む機会があった。"The Hidden Curriculum and Social Preferences"(Ito, Kubota and Ohtake, 2014[1]。日本語タイトル:隠れたカリキュラムと社会的選考)というタイトルなのだが、フェロー個人による論文とはいえ、これが経済産業研究所という経済産業省所管のシンクタンクから公表されたというのが興味深い。


研究の背景にあるのは、人びとが競争政策や所得再分配政策をどの程度支持するかということが、国の政策に大きく影響することにある。そのような政策への支持に影響を与える経路として学校教育、特に小学校の学習指導要領に規定されていない隠れたカリキュラム(グループ学習の重視や二宮尊徳像の有無、運動会における徒競走の有無など)に着目し、実証的に分析しているのである。


結果はなかなか衝撃的だ。小学校でグループ学習などの参加型教育を経験した人は、より利他的で、互恵的な考えを持ち、所得再分配政策を支持する傾向があった。逆に、小学校で、成績の順位をつけない、運動会で徒競走を種目に入れない、といった反競争的な教育を受けた人たちは、利他性が低く、協力に否定的で、互恵的ではなくやられたらやり返すという価値観を持つ傾向が高く、再分配政策にも否定的になるという。


反競争的な教育がなされる背景として、苅谷(1995)[2]は「だれでも生得的な能力に違いはなく努力すれば教育を通じて成功を得られる、という思想がある」と指摘している。これは、環境が同じであれば、努力の差が競争の結果をもたらすという考えにつながる。そのため、能力が同じなので、所得が低い人は努力していないからだという発想になる。したがって、助け合う必要もないし、所得再分配も必要ない、という結論に至る。このような結果は教育が意図したことと真逆なのではないだろうか。


他方、Guiliano and Spilimbergo(2014)[3]によると、18~25歳頃に不況を経験すると、人生で成功するには努力より運が重要だという価値観を持つ傾向があるという。また、緒方・小原・大竹(2012)[4]では、日本について、前年から比べて大きく不況になった年に学校を卒業した男性はこのような価値観を持ちやすくなる、ということを発見している。


日本経済が発展し続けるためには、企業の自由で公正な市場を作る競争政策も、行き過ぎた格差を是正する所得再分配政策も欠かせない。また、安定した社会には利他的で互恵的な考え方も重要であり、直面する不運を払いのける力は努力によって培われるはずである。冒頭で紹介した論文は、学校教育が日本の経済政策に与える影響を改めて認識するきっかけとなる論文であった。



[1] Ito, Takahiro, Kohei Kubota and Fumio Ohtake, "The Hidden Curriculum and Social Preferences", RIETI Discussion Paper Series 14-E-024, 2014
[2] 苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年
[3] Giuliano, Paola and Antonio Spilimbergo, "Growing up in a Recession", Review of Economic Studies 81(2), pp.787-pp.817, 2014
[4] 緒方里紗、小原美紀、大竹文雄「努力の成果か運の結果か?日本人が考える社会的成功の決定要因」『行動経済学』第5巻、pp.137-pp.151、2012年

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