汚染された土地のニーズ
梅雨明け後の猛暑日、涼を求めて関東地区の幹線道路をドライブした。目的地までの道のりで道路沿いの風景の変化に気づく。かつて重金属加工工場があった場所に老人福祉施設が新築されていた。その工場の運営企業を私はよく覚えている。廉価な労働力などを求めて大手メーカーがアジア地域に製造拠点をシフトしていた時期、国内にとどまった同社は経営不振に陥り、所有する工場・土地は不動産競売にかけられていた。かつて重厚長大産業が栄えた跡地が老人福祉施設に変化するという、産業構造の変遷を象徴するかのような風景に思えた。
老人福祉の需要拡大ペースの速さには目を見張るものがある。「介護費等の動向」(国民健康保険中央会)によると、2014年度の介護費の総額は9兆7,624億円で前年度比4.7%増となり、5年前(2009年度:7兆5,620億円)の約1.3倍に膨らんだ。逼迫する財政状況に鑑み、国はこの8月から一定以上の所得がある高齢者の介護サービスの自己負担を従前の1割から2割に引き上げるなどの施策を講じている。
介護需要の高まりとともに同施設の需要も増加。2011年に登録制度が始まった「サービス付き高齢者向け住宅」の建設に大手企業が相次いで参入している。同登録件数は6月末で18万1,083戸(すまいづくりまちづくりセンター連合会)となり、ここ3年で3倍以上に増加した。高齢者人口の増加にともない戸数は右肩上がりの傾向が続くとされる。
話は戻る。気がかりなことを付け加える必要があるからだ。冒頭の工場では硫酸をはじめとした劇薬を大量に使用していたため、工場跡地は更地となり競売になった後もなかなか買い手が付かなかった。競売入札は何度も不調に終り、その度に売却基準価格は引き下げられた。住宅地などへの転用は難しいと判断して入札を見送った不動産業者は多かったに違いない。この工場跡地は永遠に野ざらしになるのでは。私は長らくそのように思っていた。
初期投資を廉価に抑えて運営を円滑にスタートするという企業側の経営感覚は理解できる。廉価な費用での入居を希望する高齢者も多いと思われ、需要と供給が合致することは自然の流れになる。しかし、安全・安心という概念を乗り越えてまで市場経済というシステムが力強く進んでいくことにはどうしても違和感を覚えてしまう。