消えゆく旅情
「上野発の夜行列車おりた時から、青森駅は雪の中―」石川さゆりの有名な演歌「津軽海峡・冬景色」の1節だ。昨年大晦日に行われたNHK紅白歌合戦でも歌われていたこの曲は、吹雪く北の大地へ向かう人々の、古き良き旅愁を見事に描き出していると思う。
しかしながら、この曲中に出てくる「交通手段」は、現在ではほとんど残っていない。例えば、上野発の列車は常磐線など一部路線を除いて激減し、「ブルートレイン」をはじめ、「北斗星」など往年の夜行寝台特急も軒並み引退した。現在でも走っている長距離旅客列車は、東京と山陰・四国地方を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」くらいである。こうした背景は、何といっても近年の交通の発達・多様化、そして「新幹線」の存在を抜きには語れない。3月26日には北海道新幹線も開業し、東北・北海道が今まで以上に身近な地域となるなか、今後も空港や駅のターミナルには「北へ帰る人の群れは誰も無口」な光景ではなく、帰省やスノーリゾートで楽しむ人々の笑顔で溢れることだろう。
思えば、時の総理大臣の田中角栄氏が提唱した「日本列島改造論」に始まり、我が国の交通網は飛躍的な発展を遂げてきた。その代表格が新幹線であることに疑いはなく、北海道新幹線が開通すると、新幹線網は南は鹿児島中央から北は新函館北斗まで接続することになる。かつて新幹線終着駅は西が「博多(福岡県)」、北が「盛岡(岩手県)」だと教わった筆者にとって時代の変遷を感じるものだが、その一方で新幹線と並走する在来線、特に在来特急などは相次ぎ廃止された。新幹線との競合を避けるため致し方ない側面もあるが、駅弁を食べながら流れる景色を眺め、目的地へ向かう「移動」の楽しみ、「旅情」が失われたと感じる人もいるかもしれない。
旅情といえば、我が国の鉄道に関する歌謡の一つに、「鉄道唱歌」がある。「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり」で始まるこの歌謡は、旧国鉄時代の全国津々浦々の鉄道沿線風景をリズミカルに描写している。鉄道とは縁遠い生活だった幼い筆者にとって、この歌謡は各地の風景を、まるで各駅停車の旅の様に思い起こさせてくれるものだった。しかし、山を削り橋を架け、最短距離で線路を敷く新幹線には、こうした「鉄道唱歌」に歌われるような旅の魅力が果たしてあるのだろうか。
新幹線による安全・快適さがもたらす高速交通システムは、世界が認める高いクオリティを誇る。そして我々もまた、新幹線による時間短縮を大手を広げて迎え入れてきた。しかしながら同時に我々はまた、時間短縮や利便性といった利益と引き換えに、限りある時間をまったりと過ごす「心のゆとり」を失ってしまったのかもしれない。