大学教育無効説を考える
仕事をするうえで大学教育は役に立たない・・・。これまで日本の労働市場において、このような"大学教育無効説"がしばしば指摘されてきた。「大学で学ぶ知」と「仕事で用いる知」の間に乖離がある、というのがその背景である。そのため、OJTなど職場での教育が何より重要という"職場教育有効説"につながってきた。
さらに、"大学教育無効説"を出発点とした大学教育改革論が、企業の側から積極的に発信されるようになってきた(日本経済団体連合会「企業の求める人材像についてのアンケート結果」2004年、経済同友会「これからの企業・社会が求める人材像と大学への期待-個人の資質能力を高め、組織を活かした競争力の向上」2015年など)。
しかし、ここにきて"大学教育無効説"に対して、その妥当性に疑問を投げかける研究結果が相次いで発表されている。すなわち、「大学教育はすでに役立っているにもかかわらず、役立っていないと思いこまれているだけなのではないか」ということである。2016年3月に(独法)経済産業研究所で発表された論文は、著者である濱中氏個人の見解ではあるが、経済系の公的シンクタンクから出たことが興味深い。
この論文は、事務系総合職の採用面接官に実施したアンケート調査を基にしており、結論は4点に集約されている。
- 現状として、専門の学習・研究が役立つかについての意見はばらついている。そのため、大学教育を評価しているものも少なくない
- ただし、学習・研究への評価が低いのは、大企業など対外的な発言力がある組織の関係者に多い
- 仕事上において新事業への参加や会社の業績不振などの苦境を経験したときに、大学時代の意義を改めて認識することにつながるが、必ずしも学習・研究の評価を大きく高めるものではない
- 面接担当者自身の経験が及ぼす影響は大きく、自らが大学時代に意欲的に学習に取り組んでいなければ、学習を役立つものとして認識することは難しい
つまり、"大学教育無効説"の背景には、企業側の事情も大きく絡んでいることが示唆されている。
あるいは、別の研究によれば、1973年の石油ショックによる大学過剰説をいまだに引きずっているという指摘もある。現在の日本の大学進学率は51.5%であるが(平成27年学校基本調査、文部科学省)、国際的にみると必ずしも高くはないのである。Education at a Glance 2014(OECD)によると、OECD平均での大学進学率は58%であり、米国71%、英国67%、ノルウェー77%、韓国69%などとなっている。
他方、大学での学習と仕事との間で乖離が生じるのは、大学入学時の年齢に関係している可能性もある。日本では大学入学時の平均年齢は18歳であるが、上記OECDの統計では、OECD全体で平均22歳、米国23歳、英国・ドイツ22歳、フランス・イタリアが20歳などとなっており、入学時の平均年齢が10代なのは日本とベルギーの2カ国のみとなっている。大学入学時の平均年齢が高い国では、一度社会で働いた経験を得たのちに、大学に入学する学生が多いことが背景にある。その結果として、大学在学時の学習に対する目的意識が明確となり、その後の仕事に役立たせることに成功しているのかもしれない。
もし、大学教育が実態として役立っているにもかかわらず、役立っていないと語られているに過ぎないのだとしたら、企業と大学の双方にとって非効率なだけでなく、人生の貴重な時間を過ごした個人にとっても決して望ましいことではないはずである。これらの分野におけるさらなる研究の蓄積が望まれよう。