1万円札がなくなる日
1万円札廃止論が日本銀行内で注目を集めているという。欧州では、2016年5月に欧州中央銀行(ECB)が2018年末で500ユーロ紙幣の発行を停止することを決めた。
高額紙幣廃止を理論・実証両面で支えているのが、ケネス・ロゴフ著『現金の呪い』(原書:Kenneth S. Rogoff, "The Curse of Cash", Princeton University Press, 2016)である。本書において、著者は現金の高額紙幣が違法取引や脱税などを助長するとして、徐々に現金を廃止していくことが主張されている。
ただし、本書では、段階的に高額紙幣を廃止していくために、1.最終的な目的は追跡不能な匿名取引の実行を困難にすること、2.移行には10~15年以上の時間をかけること、3.銀行口座を持たない貧困層にはデビットカードの提供など救済策を講じること、を目的とすべきことが述べられている。
また、高額紙幣をなくすことで、税の公平性・効率性を向上させるとともに、マイナス金利政策の効果を高めることもできるという。
実際、ECBが500ユーロ紙幣の発行を停止すると決めたのは、高額紙幣がマネーロンダリング(資金洗浄)に悪用されていることへの懸念や、テロや犯罪の資金源を断つことが目的とされている。また、高額紙幣廃止論を後押ししているのはフィンテック(金融とITの融合)の普及という外部要因もある。
スウェーデンなど北欧諸国では、現金の利用が急速に減少している。スウェーデンでは、カード読み取り機を小売店に無料で設置したことで、盗難防止や銀行振り込みの手間の軽減、取引の記録化による取引管理の簡便化などもあり、キャッシュレス化が急速に進んだという。
一方、日本についてみると、現金流通残高の対名目GDP比率は19.4%(2015年)となっており、国際決済銀行(BIS)の決済・市場インフラ委員会(CPMI)加盟国・地域のなかで突出して高い。また、日本は現金流通残高に占める最高額面紙幣(1万円札)の割合が88%と圧倒的に高いのも特徴だ。
2014年に消費税率を8%に引き上げた際、現金志向が強い日本ではお釣りの1円玉が不足すると予想され、1円硬貨の発行枚数を大幅に増やしたことがあった。しかし、現実には電子マネーの普及等もあり1円玉の流通量は減少する結果となった。日本では高額紙幣が使われるのではなく、少額取引の硬貨が使われなくなるという形で現金の使用が縮小している。
バブル経済期には1万円札を超える高額紙幣を発行すべきという論調もみられたが、いまや高額紙幣廃止論へと貨幣制度に対する考え方は変化している。しかし、日本では現金使用を前提とした習慣や取引慣行も多く残っている。1万円札など高額紙幣の廃止は、それぞれの国の実情に即した制度設計と考え方の浸透が重要となろう。