信頼と経済成長の関係

仏教の考え方からきていることわざに「情けは人の為ならず」という言葉がある。


文化庁が2011年に発表した調査[1]によると、本来の意味ではない"人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない"と答えた人が45.7%にのぼっていた。
本来の意味である"人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる"と答えた人は45.8%で、ともに4割台半ばという結果であった。


ことわざとは、長い年月をかけて先人たちが伝えてきた、教訓や知識などを内容とする短い句である。もしも本当に、半分近くの人が、このことわざから他人に情けを掛けるのは良くないことだという教訓として汲み取ったならば、それは日本の経済成長や企業の発展を阻害する大きな要因になりかねない。


資本主義社会は信頼と信用を基本として成り立つ社会であり、企業活動において、信用ほど重要なことはない。経済学では近年、人びとの互恵的な考え方や他人に対する信頼の程度が、経済成長や所得水準に影響を与えるという研究結果が報告されている。


他人への信頼や組織への信頼が高い社会であれば、経済取引も円滑に進みやすい。他方で、他者を常に疑わなければならないような社会では、取引費用が非常に高くついてしまう。ある研究によると、「一般的に言って人々は信頼できる」と考えている人の割合が高い国は、そうでない国と比較して経済成長率が高かったという[2]。ちなみに、この研究では、経済成長したから他人への信頼が高くなった、という因果関係は統計的に認められておらず、もともと他人への信頼の高い国が高い経済成長を実現していた、という関係のみが確認されている。


また、日本の研究によると、「他人に親切にする」というしつけを子どもの頃に受けて育った人は、そうでない人と比較して平均30万円ほど年収が高くなる、というものがある[3]。


上記のことわざにみられるような誤解は、学校教育の場などで「情けは人の為ならず 巡り巡って己が為」と全文を教えていけば、防ぐことができるのではないだろうか。


信頼と信用、経済成長と企業活動などについて思索にふけっていると、不意にこのような考えが頭をよぎってきた。



[1] 平成22年度「国語に関する世論調査」(文化庁)
[2] Algan, Yann and Pierre Cahuc (2010) "Inherited Trust and Growth", American Economic Review, 100, pp.2060-2092
[3] 西村和雄、平田純一、八木匡、浦坂純子(2014)「基本的モラルと社会的成功」RIETI Discussion Paper Series 14-J-011

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