「コト消費」で生き返るエレキギター
2018年5月1日、老舗楽器メーカーのギブソン・ブランズ(米)が米連邦破産法第11章の適用を申請し、事実上経営破たんした。「Gibson」といえば「Fender」と並ぶギターのトップブランドであり、「ギブソンの歴史≒ポピュラー音楽の歴史」と言っても過言ではない存在。音楽好きには驚きのニュースであった。
その約1年前の2017年6月22日、米ワシントン・ポスト紙が「エレクトリックギターの緩やかな死」というタイトルで、ギターの売り上げ減少および大手ギターメーカーの経営不振を報じていた。コンピューターの発達で楽器が弾けなくても音楽制作が可能となり、人気の音楽ジャンルはロックからEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)などの電子音楽にシフトしている。そうしたなかでの「ギブソン破たん」は、「ギターの死」をリアルに感じさせる出来事であった。
ところが、実際にはギターの未来はそう暗いものでもないらしい。ギブソンのギター部門は黒字で、経営破たんの原因は多角化を目指して行われたオーディオ事業への投資失敗だという。今後はこれら不採算事業を切り離し、ギター事業を中心に再建を図る方針だ。
もう一つのトップメーカーであるフェンダー・ミュージカル・インスツルメンツ(米、以下フェンダー)のギター販売は堅調で、2015年には日本法人を設立してアジア市場の開拓を進めている。また2018年4月には日本のヤマハが、ギター部門の拡大強化に向けて米国に新組織を設置するなど、大手メーカーは活発な動きをみせている。
個人的にはフェンダーの戦略が興味深い。同社の調査によれば、「ギター購入者の45%が初心者で、そのうち90%が最初の1年で挫折する。残った10%は生涯演奏を続けるとともに、ギターのコレクターになる」という。そこで同社は2017年に、充実した内容のオンラインギター講座を開設。初心者の挫折を防ぎ、将来の顧客として育成する取り組みを開始した。
楽器関連企業による音楽教室自体は、特段新しいアイデアではない。読者のなかにも、幼少時に「ヤマハ」や「カワイ」のピアノ教室に通った人がいるのではなかろうか。また山野楽器、島村楽器といった大手楽器店も、音楽教室の展開で知られる。
かつてと異なるのはインターネットの存在だ。フェンダーはスマートフォンアプリによるオンライン講座という形態をとることで、低コストで世界中に教室を展開できた(現時点では英語圏のみ)。同社はスマートフォンで操作するギターアンプや関連機材も展開しており、こうしたプロダクツとの連動も今後進めていく考えだろう。
フェンダーのような企業だけでなく、個人のギター教師やプロミュージシャンにも、プロモーション手段としてギター教則動画を配信する人が増えている。オンライン上のこうしたコンテンツが、今後ギター人口の増大に一役買っていきそうだ。
インターネットは演奏の楽しみ方も変えた。バンドを組んでライブを開催しなくとも、今や誰もが動画配信サイトやSNSを通じて全世界に自分の演奏を発信できる。国内では「弾いてみた動画」と呼ばれるジャンルが定着し、海外ではネットへの音源・動画投稿をきっかけにプロミュージシャンとして活動し始める人も出てきた。
こうして見ていくと、楽器の購入というのは「モノ消費」である以上に、濃密な「コト消費」であることがわかる。プレイヤーを育てようというフェンダーの戦略は、軽視されてきた楽器の「コト消費」的側面を、遅ればせながら掘り起こそうとする試みだ。
ユーザーに新たな音楽体験を提供することが重要だと考えたのは、ギブソンも同じであった。それは、同社が掲げた「音と音楽のライフスタイルブランド」というコンセプトからもうかがえる。しかし、そのためにとられた「楽器以外の製品分野に進出する」という戦略は、結局「モノを売る」という概念の枠を超えるに至らなかったのではないか。
両社の盛衰は、「コト消費」への向き合い方について一つの示唆を与えるものといえる。フェンダーの戦略の成否と、ギターメーカーに回帰して再建を図るギブソンの動向を、今後注意深く見守りたい。