EBPMが泣いている
賃金に関する統計が多方面に影響を及ぼしている。厚生労働省「毎月勤労統計調査」(以下、毎勤統計)の賃金上昇率が2018年1月分から高めに出ていたのである。結果として基幹統計であるGDP統計で重要となる雇用者報酬の修正にも波及している。
原因は、(1)調査対象事業所の入れ替え、(2)産業別・事業所規模別の構成比の変更である。従来、毎勤統計では、(1)について数年おきに1月調査で全サンプルを入れ替え、(2)については全国すべての企業・事業所等を対象とした悉皆調査である経済センサスに基づくウェイトの変更が行われてきた。
しかし、従来方式では調査対象をすべて入れ替えることによる非連続な動きが問題とされていた。そのため、2018年1月調査分から対象事業所をすべて入れ替えるのではなく、半数ずつ入れ替える方式に変更された(2019年1月以降は3分の1ずつ入れ替える方式となる)。
加えて、(2)の変更では、最新の経済センサスの結果を踏まえると、小規模事業所のウェイトが低下し、相対的に大規模事業所のボーナス増加などがより強く反映されることとなった。
2018年1月の標本交替では、これら(1)と(2)が同時期に重なったことで、2018年に入ってからの賃金上昇率が2017年以前より上振れてしまったのである。とりわけ(2)の影響が大きかった。
また、毎勤統計は新しい対象で実施した調査結果が遡及改訂されないことも特徴である。したがって、毎勤統計は統計委員会で示された以下のような内容で作成・公表されることになった。
- 労働者全体の賃金の水準は「本系列」(新指数)を重視していく
- 景気指標としての賃金変化率は、「継続標本(共通事業所)による前年同月比」を重視していく
つまり、賃金額は全標本を対象とした結果を使用し、賃金上昇率は入れ替えの無かった継続標本(共通事業所)だけの結果を使用することが重視される。そのため、賃金額から計算した前年比と景気指標として使われる賃金上昇率が一致しない、ということになった。
これは非常に分かりづらい。公的統計は、一部の関係者や一部の専門家だけが分かれば良いというものではないはずだ。多くの国民が理解できるような形で作られることが重要であろう。
EBPM(証拠に基づく政策立案)の積極活用により、政策立案プロセスは大きく変わってきた。しかし、その根底となる統計データに対する国民の信頼が揺らげば、たとえ優れた政策を実施したとしてもその効果は多分に削がれてしまう。今回は、何のために統計を作成するのか、誰に利用・知って欲しくて情報を発信するのか、という基本を改めて考えさせられた。