いま、財政健全化目標を見直すべき
2019年5月、非常に興味深い政策提言が発表された[1]。
本提言によると、日本のマクロ経済の根本的な問題は国内の総需要不足にあり、経済を潜在水準に保つためには超低金利と財政赤字の組み合わせが必要である、としている。すでに、さまざまな金融緩和政策を実施し超低金利が続いているなかでは、金融政策でできることには限りがある。
しかし、財政政策にはまだ重要なマクロ経済的役割が多く残されている。具体的には、政府が2025年の黒字化を目標としている基礎的財政収支(プライマリーバランス)について、赤字を継続あるいは拡大すべきという内容である。
この提言のポイントは主に以下の5点にまとめられよう。
- 日本は民間需要の不足に直面しており、財政政策の果たす役割が一層求められている
- 金利が超低水準にとどまる限り、プライマリーバランス赤字による財政コストは小さく、高水準の国債によるリスクは低い
- プライマリーバランスの赤字分は、例えば出生率向上の対策などに用いられるべき
- 一定条件の下でのプライマリーバランス赤字の継続・拡大は、需要と産出を支え、金融政策への負担を和らげ、将来の経済成長と経済厚生(経済的観点からみた人間の幸福や福祉など)を改善する
- 政府債務を考える時は総債務ではなく純債務が正しい(少なくとも良い)概念である
これは、かなり刺激的な提言であるが、傾聴に値する議論ではないだろうか。近年、米国を中心に話題となっているMMT(現代貨幣理論、Modern Monetary Theory)とは異なり、主流派エコノミストによる最新の理論とデータに基づく提言となっている。
この提言は、著者の一人であるブランシャール氏が2019年1月に行った、米国経済学会の会長講演[2]が基礎となっている。その基本的な考え方は、先進国で共通してみられる「長期停滞」への危機感であり、日本は特にその傾向が強い[3]。日本の超低金利は短期的な現象ではなく、世界経済の構造変化を反映するものであるという見方である。
財政健全化は重要であるが、財政は経済の一部であり、経済の回復が優先されるべきであろう。財政はその結果として健全化される。政府は、こうした議論を真摯に受け止め、財政政策や税制をいま一度見直すべきではないだろうか。
[1] Olivier Blanchard and Takeshi Tashiro, "Fiscal Policy Options for Japan," POLICY BRIEF 19-7, Peterson Institute for International Economics, May 2019(オリヴィエ・ブランシャール、田代毅「日本の財政政策の選択肢」、ピーターソン国際経済研究所、2019年5月)
[2] Olivier Blanchard, "Public Debt and Low Interest Rates," American Economic Review, Vol.109, No.4, pp.1197-1229, April 2019
[3] Lawrence Summers, "Have we Entered an Age of Secular Stagnation?," IMF Economic Review, Vol.63, Issue 1, pp.277-280, May 2015
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