「老後2,000万円不足」騒動の捉え方
6月3日に金融庁が公表した報告書が騒動となっている。多くのメディアが「老後資金に2,000万円不足」などと取り上げ、年金不安と絡みいわゆる炎上状態の様相を呈している。
この「2,000万円不足」の根拠として提示されているのが、高齢夫婦無職世帯[1]の月平均収入21.0万円と平均支出26.5万円の差額5.5万円である(総務省「家計調査(家計収支編)2017年」)。報告書では、この5.5万円を"毎月の赤字額"と捉え、金融資産から20年で約1,300万円、30年で約2,000万円を取り崩すことが必要になるとしている。
しかしながら、こうした議論には以下のような問題がある。
- 家計調査の平均支出額は「老後の生活に必要な額」とは関係がない。
- 平均収入と平均支出の差額には「不足」という意味合いはない。
- 金融資産について議論するとき、平均値は適切な指標ではないケースが多い。むしろ、中央値や最頻値を用いることが重要である[2]。
- 年金はすべての国民に関わる非常に敏感なテーマであるなか、簡便に試算した数字が独り歩きすることに対してあまりに無頓着な議論が行われた。
この平均支出額は、"2017年の高齢夫婦無職世帯は平均すると月26.5万使うことができる収入と蓄えがある"ということを意味するだけである。高齢無職世帯の経済力の差は、主に資産額の差に依存する。多くの資産を持つ世帯が非常に多くの支出を行うと、平均値は世間一般的な値から大きく引き上げられてしまう。
事実、家計調査では貯蓄額も調査されており、高齢無職世帯(世帯主が60歳以上の世帯)は平均2,348万円の貯蓄を有している。つまり、2017年に平均して約21万円の収入と2,000万円超の貯蓄のある高齢無職世帯は、平均26.5万円を支出している、ということを表しているに過ぎないのである。
金融庁の報告書は、金融審議会のなかにある市場ワーキング・グループで行われた議論をまとめたものである。本来は、高齢社会における金融サービスのあり方について、家計の安定的な資産形成の実現に向けてNISA制度の恒久化などが最大の焦点となるはずであった。
しかし、同WGのメンバー21人に年金の専門家がほとんどいないというなかで、扱いが無邪気すぎたのではないだろうか。結果として、本来の目的に沿って議論が進まないばかりか、冷静に行うべき年金や個人投資に関する制度議論にも遅れを生じさせかねない情勢である。今回の報告書騒動を奇貨として、現行制度の問題点や家計の資産形成について明確な代替案などを示した政策論議の進展が望まれる。
[1] 高齢夫婦無職世帯とは、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯のことを指す
[2] この点は、過去に本コラムでも指摘している(「家計の保有金融資産は1,078万円!?」2016年12月5日配信、http://www.tdb-di.com/column/1611/index4.html)