東京五輪開幕、「パンデミック」と「猛暑」の2つの試練
しかし、今回は、当時と比べて人の移動がはるかに大規模であり、依然として多くの人が収束に向けて戦っている状況での開催である。
さらに、東京五輪のもうひとつの大きな課題が猛暑対策だ。一般に暑さというと気温を考えがちだが、国際的な指標としてはいわゆる"暑さ指数"と呼ばれるWBGT(Wet Bulb Globe Temperature、湿球黒球温度)が知られている。WBGTについては過去に当コラムでも取り上げてきたので、そちらもご一読いただきたい(「"暑さ指数"でみるマラソン・競歩の会場変更」2019年11月6日)。
こうしたなか、東京五輪のテニス競技を統括するITF(国際テニス連盟)は7月28日、猛暑による選手の健康面を配慮して、試合開始時間を29日から15時に変更すると発表した。当初のスケジュールでは、競技初日から29日までは11時、30日から8月1日までは正午の予定であった。ITFによると、IOC(国際オリンピック委員会)、東京五輪大会組織委員会、各放送局、選手、審判、医療専門家らと協議し、さらに5種目の残り選手の数や組み合わせなどを踏まえて、開始時間の変更が可能になったという。
もともと、東京五輪でのテニス競技には、主に選手が体感する気温や湿度を対象に、コート上の条件が厳しくなり、プレーできなくなった場合に選手を守るための対策として「エクストリーム・ウェザー・ポリシー(異常気象対策ルール)」が適用されている。ITFが7月25日に公表したその詳細を見ると、概要は以下のようなものである[1]。
- 大会の審判は直射日光の熱ストレスを測る尺度である暑さ指数(WBGT)を参照する。これには、風速、雲、太陽の角度などを考慮に入れる
- ITFはWBGTの監視レポートを提出する。テニスの競技期間中、10時から毎日30分ごとにWBGTを測定する
- WBGTが30.1度に達すると、エクストリーム・ウェザー・ポリシーが発動される
- その場合の選択肢の1つである「プレーの変更」が実施されると、審判はその旨を選手に伝える。これにより、シングルスの場合はどちらかの選手の要求に応じて第2セットと第3セットの間に10分間の休憩を取ることができる。ダブルスの場合は第3セットの代わりにスーパータイブレークで決着をつけるため、10分間の休憩は与えられない
- 選手がコート上にいる間に当ポリシーが解除された場合、現在プレー中の試合が終わるまで当ポリシーは適用される
また、10分間の休憩中に選手に許されている行為も以下の5点と決められている。
- トイレに行くこと
- シャワーを浴びること
- ウェアを着替えること
- 何か食べたり飲んだりすること
- 医療用ストラップの調整やテーピングの巻き直しを行うこと
さらに、「プレーの変更」が行われている間、医療関係者などを含む諮問グループが招集され、もう一つの選択肢「プレーの停止」を適用するか否かが検討される。プレーを中断するかどうかの判断には、前後2日間の天候や医療関係者による懸念事項が考慮される。WBGTが32.2度に達することがガイドラインとなるが、これはルールではない、ということなどが記述されている。
実は、今回の東京五輪ではテニス競技が始まった24日以降、毎日このポリシーが適用されている。そうしたなかで試合時間が15時に変更されたことは、選手の健康面を考えると必要な措置だったと言えるのではないだろうか。もちろん、15時であっても依然として厳しい環境であるかもしれない。しかし、これまでのように試合の進行とともにどんどん気温が上昇し、肌をじりじりと焼くような灼熱さは避けることができよう。
東京五輪は1年間の延期とともに多くの会場が無観客開催であることから、当初想定されていた経済効果が大きく減少するとみられている。このような状況下で行われる五輪が、「パンデミック」と「猛暑」という2つの課題に対応できたならば、そこには将来につなぐ新たな遺産(レガシー)が残るのではないだろうか。
[1] International Tennis Federation, TOKYO 2020: WHAT IS THE EXTREME WEATHER POLICY?, 25 July, 2021