信用調査データを用いた雇用傾向の把握(2022年7月)
生活関連サービス業、娯楽業や宿泊業、飲食サービス業でコロナ禍の影響が顕著に減少
~ 優良企業の正規・非正規社員の雇用の変動を可視化 ~
~ 優良企業の正規・非正規社員の雇用の変動を可視化 ~
【要約】
- 帝国データバンクが保有する信用調査データにおいて、2012年から2021年の10年間で毎年調査が入っていた企業を対象に、従業員数の変動を集計した。2010年以降、長期的には正社員および非正規社員の市場拡大や特定の産業の発展を確認することができた。
- 2020年以降のコロナ禍の感染拡大防止措置の影響を受けたと考えられる変動を特定の業種にて確認することができた。生活関連、娯楽業と宿泊、飲食サービス業では従業員数が大きく減少しており、特に非正規社員は正社員よりも減少する時期が早く、雇用調整の影響を受けやすいことが示唆された。
帝国データバンク(以下, TDB)が保有する信用調査データを用いて、優良企業の雇用の動向を把握するという目的で、正社員数・非正規社員数の変動を業種別に集計・可視化した。本レポートでは、可視化の結果および考察を報告する。
- 本レポートの目的と意義
本レポートは、各産業で商取引の中心に位置する企業の雇用の動向を把握するために作成されるものである。企業の雇用計画立案や官公庁・自治体の雇用政策決定のために、業界全体の雇用動向を把握することは不可欠である。しかしながら、新型コロナウイルス禍(以下、コロナ禍)での経済活動制限により失業が増加[1]、その一方で雇用維持のための政策が実施されており、近年の雇用動向は変動が大きくなっている。このような環境下では平常時以上に、企業活動の観点では適切な計画・決定のための雇用最適化が必要であり、社会保障の観点では失業の増加防止や再就職に対する支援が急務となっている。
全体的な傾向の把握としては、労働力調査[2]、労働経済動向調査[3]、雇用動向調査[4]などの公的統計がその役割を果たしている。調査の対象や頻度も緻密に設計されたものであるという特徴がある。本レポートでは、信用調査が直近10年で毎年実施されている企業を対象に、商取引の中心となる企業の雇用動向の可視化とそれらの企業から波及する経済効果の先回り把握という別の視点の役割を想定している。
図1、図2は、COSMOS2企業概要データでの収録企業と信用調査が直近10年で毎年行われている企業の売上高と経常利益の比較である。ただし、経常利益は、COSMOS1単独財務ファイルに収録されているCOSMOS2の企業を対象としている。信用調査が実施される動機の1つとして取引相手の検討が挙げられる。信用調査が入る回数が多い企業は、この動機を反映しており、一般的な企業と比較して財務的に優れていることがわかった。よって、信用調査が定期的に入る企業は、商取引の中心に位置する企業であると考えられる。このような企業の雇用動向を可視化することで、波及する経済効果を先回りして把握することができるため、採用計画の追随や雇用政策の早期立案に有効だと考えられる。
【図1 売上高(対数変換・見やすさのため外れ値除去)】 【図2 経常利益(Yeo-Johnson変換・見やすさのため外れ値除去)】
- データ概要
本レポートが対象としている企業は、昨年までの直近10年で信用調査が毎年入っている企業である。2022年6月更新のデータ時点において対象となるのは、2012年から2021年まで毎年1回以上の調査が行われている企業になる。これらの企業の2022年までの動向を四半期ごとに公表する。
- 対象企業と産業 対象となる産業とその企業数は以下の13分類、16,213社(うち6.72%が株式公開)である。日本標準産業分類にてアルファベット表記になっている産業は大分類、2桁の数字表記になっている産業は中分類である。
- 四半期の定義
集計単位は、一般的な四半期(Q1:1-3月、Q2:4-6月、Q3:7-9月、Q4:10-12月)である。しかし、調査は依頼に基づいて実施されるため、対象となる企業のデータが毎四半期あるとは限らない。そこで、本レポートでは、該当四半期において直近12カ月以内の最新の調査を当該四半期のデータとしている。これは、欠測処理の枠組みで、Last Observation Carried Forward(以下、 LOCF)にあたる。統計解析を行う場合、LOCFの妥当性は対象の状態が前期から変化しないという仮定のもと成り立つため、強い仮定とされており、欠測補完や尤度に基づく解析手法などが推奨される。雇用分野においても、特にコロナ禍のような場合には、前期のデータを用いることは強い仮定だと考えられる。本レポートは、統計解析が目的ではなく、最新時点で収集されている企業の動向を可視化することであるため、収集された真の値をそのまま反映するためにLOCFを用いている。当然ながら、統計的により良い処理方法は存在するため、今後導入を検討している。【図3 四半期のイメージ図】
- 評価指標
本レポートでは、以下の3つの評価指標に基づいて可視化を行った。(1) 基準変動の平均値
(2) 基準変動の中央値
(3) 合計の基準変動【図4 基準変動の平均値・中央値】 【図5 合計の基準変動】
(1)と(2)は、(各社の雇用の変化を平均化し、個社企業の全体的な傾向を把握するための指標である。対象期間における各企業の初年Q1の値を100とし、これと比較した各四半期の比を算出し、産業別に平均値と中央値を取得している。
(3)は、各社の合計を求めた後に変化値にしていることから、変動は雇用している規模の大きさに依存し、業界全体の変動を見るための指標である。対象期間におけるそれぞれの年で、数値を産業ごとに合計し、初年Q1を100として、初年と比較した時の各四半期の比を算出する。
- 正社員数・非正規社員数の変動
以下に、正社員数および非正規社員数の(1)基準変動の平均・(2)基準変動の中央値・(3)合計の基準変動を示す。2012年から2021年の10年間で毎年1回以上調査が入った企業について、2013年第1四半期(13Q1)から可視化している。当該期間は大きく2つの期間に分けられる。まず、2013年から2018年まではアベノミクスが実施されていた時期であり、景気回復期間であった。次に、2019年後半にはCovid-19が発見され、2020年から現在まで世界各地で感染が拡大しているコロナ下である。図の中の灰色で塗りつぶしている期間は、国内で緊急事態宣言が発令された時期である。- 正社員
【図6 正社員数の基準変動の平均】 【図7 正社員数の基準変動の中央値】 【図8 正社員数の合計の基準変動】
正社員について、図6、図7、図8から、どの産業も拡大していることがわかる。不動産・物品賃貸業、情報通信業、建設業、運輸業が特に堅調な伸びがみられる。小売業については、平均は伸びているが、中央値で変化がないため、一部の企業が拡大していると考えられる。不動産業は、2013年以降売上高が増加傾向にあったため[5]、雇用も拡大傾向にあり、コロナ禍でも企業内のキャッシュによって従業員規模を維持しているのではないかと考えられる。また、コロナ禍が追い風になった物流施設や生活密着型商業施設需要やリモートワークの普及にともなう住み替え需要によるものという見方もある[6]。情報通信業はテレワーク需要、運輸業は巣ごもり需要にともなう配達増加、建設業は大阪万博やリニア開通とそれにともなう都市開発や老朽化した設備と災害リスクへの対応が考えられる。一方で、宿泊・飲食サービス業と生活関連サービス・娯楽業は順調に拡大していたが、1回目の緊急事態宣言の時期に反落した。規模としては産業内の合計で、宿泊・飲食サービス業は5年前、生活関連サービス・娯楽業は3年前あたりに縮小している。国内における外出はもちろん、訪日外国人旅行者減少や時短営業による影響は大きい。
- 非正規社員
【図9 非正規社員数の基準変動の平均】 【図10 非正規社員数の基準変動の中央値】 【図11 非正規社員数の合計の基準変動】
非正規社員について、平均ではどの産業も最低で120%以上の拡大をしており、正社員よりも大きく伸びている。しかし、中央値は変化していない産業が多く、企業によって非正規社員の導入に対する積極性が異なることがわかる。宿泊・飲食サービス業は、平均・中央値・合計ともに大きく落ちている。生活関連サービス・娯楽業は、平均は落ちていないものの、中央値と合計が大きく落ちているため、キャッシュを多く持った企業だけが非正規を維持している可能性がある。鉄鋼・金属・非金属や機械も影響を受けており、海外の経済活動の鈍化が貿易に影響した結果ではないかと考えられる。これらの産業について、正社員は緊急事態宣言を迎えてから落ちたり、伸びが鈍化したりしていた。一方で、非正規社員では海外からの旅行者減少や貿易の影響を受けて、少し早くから変化が見られたため、非正規社員の方が雇用調整を受けやすいことがわかる。多くの産業で縮小が見られるなか、小売業は平均と合計がともに伸びており、正社員同様に一部の企業が拡大していることが考えられる。
- 正社員
- まとめ
本レポートでは、信用調査データを用いて、優良企業の雇用動向を可視化した。その結果、これまでの雇用と現在のコロナ禍の影響を可視化することができた。まず、2013年からコロナ禍前までの傾向としてアベノミクスによる雇用改善効果が大きかったことが示唆された。正社員数と非正規社員ともに拡大傾向にあったことがわかる。非正規社員については導入の積極性が企業によって異なることも示唆された。次に、コロナ禍の影響について、伸び続ける産業がある一方で、特に宿泊・飲食サービス業への影響が特に大きいことがわかった。正社員・非正規社員ともに大きく減少しており、非正規社員については、正社員より影響を受けやすいことが示唆された。
(参考文献)
[1] 総務省 労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)5月分, URL: https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.html
[2] 総務省 労働力調査 調査の概要, URL: https://www.stat.go.jp/data/roudou/index2.html
[3] 厚生労働省 経済労働動向調, URL: https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/43-1.html
[4] 厚生労働省 雇用動向調査, URL: https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/9-23-1.html
[5] 公益財団法人不動産流通推進センター, URL: https://www.retpc.jp/chosa/tokei/, 2022/07/25最終閲覧
[6] 一般財団法人土地総合研究所, 2022年07月05日, URL: https://www.lij.jp/news/research_memo/20220705_1.pdf