倒産件数予測における企業経営者の景況感指標の有用性の検証(2023年3月)
TDB景気DI値による倒産予測が
マクロ経済指標による予測に比べ高い予測精度を示す
マクロ経済指標による予測に比べ高い予測精度を示す
【要約】
- 帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による予測と実績の乖離から企業倒産リスクの増加が顕著に」[2]で倒産予測のための情報として採用したTDB景気DI内訳指標による倒産予測とマクロ経済指標による倒産予測の精度比較を行った。
- 新型コロナウイルス感染症による経済への影響が生じる前の期間(2020年3月以前)においては、両者の予測精度を比較した結果、TDB景気DI内訳指標による予測の方が高い予測精度を示した。
- 一方で、新型コロナウイルス感染症による影響がみられる期間(2020年3月以降)においては、マクロ経済指標による予測の方が、精度が高いという結果であった。新型コロナウイルス感染症の企業経営への影響を強く懸念する経営者の感覚が景気DI内訳指標に反映され、その結果、保守的な倒産件数予測値が推計されたと考えられる。
帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚から、倒産傾向を予測できるか」[1]において提案された手法を基に、正常な経済状況下での倒産件数を予測するため、2019年以前を新型コロナウイルスの影響が生じる前と定義し、2019年以前の倒産件数とTDB景気DI内訳指標を用いて業種別にモデルの構成を行った。本レポートは、マクロ経済指標を用いた業種別の倒産件数の予測精度の比較とTDB景気DI内訳指標を用いた予測精度の比較を行い、TDB景気DI内訳指標の有用性を確認する。
- 倒産件数の予測手法
倒産件数の予測手法として、帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚から、倒産傾向を予測できるか」[1]において提案された手法を採用した。[1]では経営者の景況感を示すTDB景気動向指数(TDB景気DI)(※1)を用いた倒産件数の予測の有用性が示されていた。本レポートにおいても同様の数理モデルを構築して倒産件数予測を行う。ただし、新型コロナウイルスの影響が経済に影響を与える前の経済状況を対象に、TDB景気DI内訳指標による倒産予測の有用性を示すことを目的とする。すなわち、モデルを学習するデータの期間を、新型コロナウイルスが日本で流行していない2019年以前とする。さらに、下記の5つの業種別にデータを分割して、業種別ごとの分析を実施した。
- 利用した共変量
TDB景気DI内訳指標で使用した共変量は下表である。これは、帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による予測と実績の乖離から企業倒産リスクの増加が顕著に」[2]で用いられたものと同様のものである。
また、景気DIおよび各経営指標に対して以下の②〜⑥の派生系列を作成し、原系列と合わせて7種類の共変量系列を作成した。
比較対象とするマクロ経済指標による予測においては、マクロ経済指標として以下の57種の変数を採用した。
また、マクロ経済指標および各経営指標において計4種の系列をあわせることで変数列を作成している。
- マクロ経済変数との比較(新型コロナウイルスの影響による経済への影響が生じる前)
新型コロナウイルス感染症による経済への影響が生じる前の期間(2019年7月〜2019年12月、2020年3月)において、構築したモデルを用いてマクロ経済指標による倒産予測とTDB景気DI内訳指標による倒産予測の精度比較を行う。マクロ経済指標に関しては、1,3,6,9,12カ月後の共変量をそれぞれ用いて倒産件数の予測を行い、図中ではそれらの予測結果をマクロ_1Lag〜12Lagとして表示した。図2が建設・不動産業、図3が製造業、図4が卸売業、図5がサービス・小売業、図6がその他の業種でのTDB景気DI内訳指標とマクロ経済指標の精度比較である。精度比較の手法として、RMSEを採用しており、値が小さくなるほど精度の良さを示している。
【図2 建設・不動産業におけるマクロ経済変数との精度比較(RMSE)】
【図3 製造業におけるマクロ経済変数との精度比較(RMSE)】
【図4 卸売業におけるマクロ経済変数との精度比較(RMSE)】
【図5 サービス・小売業におけるマクロ経済変数との精度比較(RMSE)】
【図6 その他の業種におけるマクロ経済変数との精度比較(RMSE)】 図2〜6より、全ての業種において、どちらの期間でもマクロ経済指標による倒産予測よりTDB景気DI内訳指標による倒産予測の方が精度が高いという結果を得た。これは、新型コロナウイルス感染症による経済への影響が生じる前の期間(2019年7月〜2019年12月、2020年3月)において景気DIが倒産件数予測のための情報として有用であることを示している。
- マクロ経済変数との比較(新型コロナウイルスの影響による経済への影響が生じた後)
新型コロナウイルス感染症による影響がみられる期間(2020年3月以降)において、構築したモデルを用いてマクロ経済指標による倒産予測とTDB景気DI内訳指標による倒産予測の精度比較を行う。マクロ経済指標に関しては、1,3,6,9,12カ月後の共変量をそれぞれ用いて倒産件数の予測を行い、図中ではそれらの予測結果をマクロ_1Lag〜12Lagとして表示した。図7が景気DIによる倒産予測とマクロ経済変数による倒産予測の精度比較である。精度比較の手法として、RMSEを採用しており、値が小さくなるほど精度の良さを示している。
【図7 景気DIによる倒産予測とマクロ経済変数による倒産予測の精度比較(RMSE)】 新型コロナウイルス感染症による影響がみられる期間(2020年3月以降)においては、図7より、その他以外の業種では、マクロ経済指標による倒産予測の方が、精度が高いことがわかる。これはTDB景気DI内訳指標が企業経営者の感覚であるため、経済状態の影響を受けやすく、マクロ経済指標が経済状態を反映した数値である差であると示唆される。またTDB景気DI内訳指標が実際の倒産件数よりも低水準で推移した理由として、新型コロナウイルスの影響拡大を受け企業の事業継続を目的に導入された実質無利子・無担保融資(ゼロ・ゼロ融資)が強く作用したことが挙げられる。したがって、コロナなどの特別な経済状態でない場合に関してはTDB景気DI内訳指標、コロナなどの特別な経済状態である場合に関してはマクロ経済指標を採用するのが良いと考えられる。
- まとめ
本レポートでは、帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による予測と実績の乖離から企業倒産リスクの増加が顕著に」[2]で倒産予測のための情報として新しく採用したTDB景気DI内訳指標による倒産予測とマクロ経済指標による倒産予測の精度比較を行った。新型コロナウイルス感染症による経済への影響が生じる前の期間(2020年3月以前)においては、予測精度を比較した結果、TDB景気DI内訳指標が倒産件数予測のための情報としての有用性が確認された。
一方で、新型コロナウイルス感染症による影響がみられる期間(2020年3月以降)においては、マクロ経済指標による予測の方が、精度が高いという結果であった。新型コロナウイルス感染症の企業経営への影響を強く懸念する経営者の感覚がTDB景気DI内訳指標に反映され、その結果、保守的な倒産件数予測値が推計されたと考えられる。
※1:TDB景気動向調査(https://www.tdb-di.com)
(参考文献)
[1] 帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚から、倒産傾向を予測できるか」2021年1月26日,URL: https://www.tdb-di.com/2021/01/e2021012601.pdf
[2] 帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による予測と実績の乖離から企業倒産リスクの増加が顕著に」2022年12月22日,URL: https://www.tdb-di.com/2022/04/f2022041501.pdf