信用調査データを用いた雇用傾向の把握(2022年12月データ)

回復傾向が見られる宿泊飲食業界の動向
~ 今後に期待も人員不足が課題 ~

【要約】

  1. 帝国データバンクが保有する信用調査データにおいて、2012年から2021年の10年間で毎年調査が入っていた宿泊飲食業を対象に、従業員数の変動を集計した。この業界はコロナ禍の打撃を受けた後に回復傾向にあり、景気判断等からも今後の拡大に期待がもてる。一方で人員不足と労働市場の構造問題もあり、注目すべきである。

  2. 結果として回復傾向が見られ、他の統計と一致する結果に。回復期においても非正規社員の方が変動の幅が大きく景気の影響を受けやすいと考えられる。しかし、コロナ禍前の水準には未だ戻らず。


帝国データバンク(以下、TDB)が保有する信用調査データを用いて、優良企業の雇用の動向を把握するという目的で、正社員数・非正規社員数の変動を集計・可視化した。本レポートでは、可視化の結果および考察を報告する。


  1. 本レポートの目的
    本レポートは、産業界および行政における雇用計画や政策に関する意思決定に資するため、雇用動向を継続的に報告するものである。対象としている企業は、信用調査が直近10年の間に毎年行われた企業である。信用調査の動機の1つは、取引先の検討である。売上高や利益の観点から、対象としている企業は、この動機を反映しており、商取引の中心となる企業であることが考えられる。全体的な傾向を把握するための公的統計とは別の視点で、商取引の中心となる企業の雇用動向の可視化とそこから波及する経済効果の先回り把握を目的とする。

  2. 今回のレポートからの内容
    本レポートからは、コロナ禍の雇用への影響により注目するために宿泊飲食業界に絞って可視化と考察を行っている。コロナ禍では多くの産業が影響を受けたが、その中でも宿泊飲食業は特に衝撃が大きかったことがわかっている。コロナ禍前まで宿泊飲食業が関連する観光関連産業は急成長中の市場であった。特に訪日外国人旅行客数および消費額は2019年まで8年連続で右肩上がりの傾向を示し、消費額に関してはその期間で5.9倍に成長して兆単位の額になっている[1][2]。


    国内旅行でも日帰りと宿泊を合わせて毎年6億人分程度の人流、消費額にして20兆円程度の規模で堅調に推移していた[3]。その後、2020年、21年で訪日外国人旅行者は2019年の13%、0.7%程度に落ち込み、22年は9月以降急激な回復傾向にあるが2019年の12%に留まる。消費額も2020年と21年は2019年の15%、2.5%程度であり、2022年では同様に回復傾向で2019年の19%であるが、かなり縮小した。国内宿泊旅行者数も訪日外国人ほどではないが、2019年の半分程度まで落ち込み、2022年では2019年の71%まで回復した。消費額も2020年、21年は2019年の半分を下回る程であり、2022年では2019年の約79%まで回復している。総じて、2020年と21年で需要が急激に縮小し、回復傾向にあるがコロナ禍前の水準には届かないことがわかる。


    これにともなって、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、陸運業など関連業種は売上高や利益が落ち込んだ[4]。新型コロナウイルス感染症が企業経営に及ぼす影響に関する調査では、「2020年1月と比較して2022年1月の企業の生産・売上額等が減少した」と回答した企業の割合は79.6%、「2020年1月と比較して2022年1月の労働者が減少した」と回答した企業の割合は47.9%であり、これらは全業種の中で宿泊・飲食サービス業が最も高いとされている[5]。


    雇用にも影響があった。雇用人員判断 D.I.の推移を見ると、感染拡大以後急激に増え人員の過剰感が高まった[6]。実際に雇用者数にも現れており、労働力調査によると宿泊業、飲食サービス業の雇用者数は大きく減少した[7]。新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査では、「2019年から2021 年の3年間において個人年収が減少した」と回答した個人の割合が36.9%、「新型コロナウイルス感染症に関連した自身の雇用や収入にかかわる影響があった」と回答した個人の割合が69.4%、「コロナ前の通常月と比較した直近の月収が減少した」と回答した個人の割合が48.6%であり、これらは全業種の中で宿泊・飲食サービス業が最も高いとされている[8]。


    現在、観光関連業界は複雑かつ重大な局面に直面している。まず良い傾向として、景気の拡大が挙げられる。2022年10月の観光DIでは、2019年の11月と同水準であり、コロナ禍前に達している[9][10]。これは全国旅行支援や水際対策の緩和によるものであると考えられる。特に宿泊サービスの上昇は凄まじく、15.9ポイントの上昇が見られる。さらに、アジア太平洋の国際観光客の回復見通しは他の地域よりも遅れて2023年以降とされている[11]。これらは今後の需要回復に期待が持てる結果となった。


    一方で、人手不足が課題となっている。日銀の雇用人員判断D.I.では、2020年と21年ではほとんどの期間で人員を過剰としていたが、21年10~12月(21Q4)以降は急速に人手不足となり、コロナ禍前と同程度の水準となっている。観光産業は非正規雇用が多く、入職率と離職率の入れ替わりが激しいという構造的な問題も抱えており、賃金も低いとされている[10][12]。これらの課題への対処は急務である。


    以上から、本レポートで宿泊飲食業界に焦点を当てることには意義があり、この業界の今後についても注目していく必要がある

  3. データ概要
    本レポートが対象としている企業は、前年までの直近10年で信用調査が毎年行われている企業である。2022年12月更新のデータ時点において対象となるのは、2012年から2021年まで毎年1回以上の調査が行われている企業になる。これらの企業の2022年までの動向を四半期ごとに公表する。また、今回のレポートからは合併・分割・転籍・出向を行った企業を詳細に確認して除くようにすることで企業の雇用行動としての増減をより的確に反映できるようにしている。


    今回から取り入れたデータの処理方法として、調査がない時点における値をガウス過程回帰(Gaussian Process Regression, 以下、GPR)で推定している。信用調査は他の企業からの依頼に基づいて実施されるため、毎四半期でデータがあるとは限らない。それをこれまではLast Observation Carried Forward(以下、LOCF)と呼ばれる方法で処理してきた。この方法は該当する四半期にデータが無かった場合、前回の値をその四半期の値とするという方法である。これは、コロナ禍にコロナ禍前のデータを用いてしまうという問題があった。GPRでは、各企業の実際の調査の値が滑らかな曲線の関数から誤差を伴って生成されたものとして、関数とその関数の散らばりを推定している。誌面の都合上、より数理的な詳細は滋賀大学/帝国データバンク Data Engineering Machine Learningセンターのホームページで公開している。今回は、調査がなかった時点について、平均の関数上の値とその±1標準偏差の値を取得している(図1)。これによって前の時点の値を用いることがなくなるとともに、直近10年で調査が入っているにも関わらずLOCFでも値が確保できない企業を扱えるようになった。指標の算出では平均と±1標準偏差の関係が逆転しないように、最初の時点の値を平均の関数上の値に統一して、平均曲線と±1標準偏差のそれぞれのデータで算出している(付録参照)。


    結果的に、LOCFによる処理では143社、GPRによる処理では265社が対象となった。以下はそれぞれの売上高(百万円)の統計量であり、GPRの方がより幅広い規模の企業を含んでいる(表1、 表2)。


    【表1 データセットの平均と標準偏差】
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    【表2 データセットの範囲】
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    【図1 調査がない時点の値の推定イメージ】
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  4. 結果
    以下に正社員数・非正規社員数の変動を示す。図2、図3および図4はそれぞれ基準変動の平均値、基準変動の中央値、合計の基準変動を示す(付録参照)。


    2012年から2021年の10年間で毎年1回以上調査が入った企業について2013年第4四半期(13Q4)から可視化している。当該期間は大きく3つの期間に分けられる。まず、2013年から2018年まではアベノミクスが実施されていた時期であり、景気回復期間であった。次に2019年後半にはCovid-19が発見され、2020年と2021年がコロナ禍でも観光関連産業においては需要が縮小して特に影響を受けた時期である。最後に、2022年も引き続きコロナ禍の感染拡大はあるが、各種規制が撤廃され経済活動が比較的盛んになっている。


    【図2 宿泊・飲食サービスの基準変動の平均】
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    【図3 宿泊・飲食サービスの基準変動の中央値】
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    【図4 宿泊・飲食サービスの基準変動の合計】
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    4.1 正社員数
    • コロナ禍からの回復傾向が見られた
    • 平均値、合計では2022年から上昇に転じている
    • 中央値はちょうど100に当たるので、50%に位置する企業に関しては2013年の同時期と同じ水準である
    • 中央値は3期連続で100であり、安定してきているか

    4.2 非正規社員数
    • コロナ禍からの回復傾向が見られた
    • 平均値、中央値、合計の全てで2022年から上昇に転じている
    • 正社員よりも変動の幅が大きい

  5. 考察
    雇用回復の背景には以下のような要因が考えられる。
    • 2022年3月のまん延防止策等重点措置の解除で全面的に規制解除[13]
    • 外国人観光客の増加:2022年に入り、外国人の受け入れが段階的にスタート[1]
    • 2022年3月から観光以外の目的の外国人の受け入れ再開[1]
    • 6月から条件付き(少人数の添乗員付きツアー)で外国人観光客の受け入れ再開[1]
    • 2022年10月から個人旅行の受け入れ再開[1]
    • 2022年の前半から円安が進行し、インバウンド産業を後押し
    • 2022年10月から観光需要喚起策である全国旅行支援がスタート[11]

  6. 今後の展望
    コロナ禍以前では、中国からの訪日外客数が全体の30%を占めており、最も訪日外客数が多い国であった[1]。2022年は中国政府外交部より海外旅行自粛の指示が出されていることから、観光客の日本への渡航は実質的に不可能な状況が続いている。規制が緩められれば訪日中国人数は回復すると見られており、宿泊飲食業界の需要が拡大されることが予想される。

  7. 公的統計との比較
    本章では、本レポートにおける結果と公的統計の結果を比較することで、これらの一致や相違から経済の実態を多角的に考察する。代表的な統計として労働力調査と法人企業統計調査との比較を行う。


    7.1 労働力調査
    労働力調査では主な産業別正規の職員、従業員数と非正規の職員、従業員数が公開されている[7]。対象は、全国で無作為に抽出された約40,000世帯の世帯員のうち15歳以上の者約10万人である。本節では従業員数を、四半期ごとの合計の基準変動と月ごとの労働力調査から雇用形態別に比較する。


    【図5 労働力調査と信用調査の比較】
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    合計の基準変動が労働力調査の変動の間を縫うようになっており傾向が似ている(図5)。どちらも2022年中頃から上昇に転じた。また非正規雇用の方が、変動が大きいことは労働力調査でも同じである。さらに、正社員数について労働力調査は2022年中頃から100を超える月が増え始めており、個人単位では宿泊飲食業界に従事する人数は回復してきている。一方で合計の基準変動から、人手不足であるにも関わらず、企業単位では回復していないことがわかる。


    7.2 法人企業統計調査
    本節では四半期ごとの合計の基準変動と法人企業統計調査の四半期ごとの従業員数の推移を比較する。法人企業統計調査とはわが国における営利法人等の企業活動の実態を把握するために実施されている[4]。この調査の四半期別調査の対象は、資本金、出資金又は基金1,000万円以上の営利法人等である。法人企業統計調査では、年次調査の人件費の項目で、「従業員数は常用者の期中平均人員と、当期中の臨時従業員(総従事時間数を常用者の1カ月平均労働時間数で除したもの)との合計」として従業員数を調査している。雇用形態に分けられていないため合計の基準変動も正規雇用と非正規雇用を足し合わせたものから算出した。雇用形態別の比較はできなくなるが、企業同士の比較が可能になる。本レポートの指標は商取引の中心であるからといって必ずしも大企業ではない。推移の違いは、一社あたりの売上高は法人企業統計調査の方が大きいことによるものである。


    【図6 法人企業統計調査と信用調査の比較】
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    2020年から21年半ばまで減少傾向であることは一致していた(図6)。21年Q2からQ3と22年Q2以降にかけて法人企業統計調査では急激に従業員数が拡大している。この時期はちょうど2回目と4回目の緊急事態宣言が明けたタイミングであり需要が拡大したと思われる。特に22Q2以降は規制緩和が予定されていたことも影響している可能性がある。しかし、どちらの統計もコロナ禍前の水準には至っていない。


    7.3 UV分析
    労働力調査では、完全失業者は18カ月連続で減少している[7]。労働の過不足感を評価するUV分析の図表を1970年以降で作成した(図7)[14]。色が明るくなるほど最新の時点であり、線が出ていない最後の点が22Q4時点である。点は四半期ごとに描画してある。横軸に欠員率、縦軸に雇用失業率をとっているため、横軸が大きくなるほど人手不足感があり、縦軸が大きくなるほど失業が増えている。よって、右下三角形と左上三角形はそれぞれ、経済拡大と縮小にあたる。2021年Q1がちょうど欠員率と雇用失業率の均衡点であったのに対し、2022年Q4にかけて45°線の右下に来ていることがわかるため、理論的には拡大期であると考えられる。


    【図7 UV分析】
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  8. まとめ
    本レポートでは、信用調査が入る回数が多い企業を商取引の中心企業と定義して宿泊飲食業界を対象に可視化を行なった。調査が入らなかった時点はLOCFとガウス過程回帰で補完を行っている。宿泊飲食業界はコロナ禍で大きな打撃を受けたが、観光客の回復傾向や景気判断指標から今後の拡大に期待が高まる。一方で、人員不足や構造的な労働市場の課題も抱えている。以上の理由により今後の動向に注目すべきである。


    結果として、正社員数・非正規社員数ともに回復傾向であることがわかった。また、非正規社員の方が増加の変動が大きく、景気の影響を受けやすいのは減少時と同様であった。これには各種規制の緩和や旅行支援政策の効果によるものであると考えられる。しかし、コロナ禍前の水準には戻っておらず、人員不足も確認されている。今後は訪日外国人の増加が期待されるため、これに合わせて労働市場の構造の課題にも取り組む必要があり、これからも動向に注目したい。

  9. 付録

    9-1. 評価指標
    本レポートでは、以下の3つの評価指標に基づいて可視化を行った。


    • 基準変動の平均値
    • 基準変動の中央値
    • 合計の基準変動

    • 【図8 基準変動の平均値・中央値】
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      【図9 合計の基準変動】
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      a.とb.は、各社の雇用の変化を平均化し、個社企業の全体的な傾向を把握するための指標である。対象期間における各企業の初年Q1の値を100とし、これと比較した各四半期の比を算出し、産業別に平均値と中央値を取得している。


      c.は、各社の合計を求めた後に変化値にしていることから、変動は雇用している規模の大きさに依存し、業界全体の変動を見るための指標である。対象期間におけるそれぞれの年で、数値を産業ごとに合計し、初年Q1を100として、初年と比較した時の各四半期の比を算出する。


    (参考文献)
    [1] 日本政府観光局、訪日外客統計月次報告
    URL: https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/

    [2] 観光庁、「訪日外国人消費動向調査」、2023
    URL: https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html

    [3] 観光庁、「旅行・観光消費動向調査」、2022年10~12月期分
    URL: https://www.mlit.go.jp/common/001329257.pdf

    [4] 財務省、「法人統計調査」
    URL: https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm

    [5] 独立行政法人労働政策研究・研修機構、「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査」(JILPT 第7回)
    URL: https://www.jil.go.jp/press/documents/20220518a.pdf

    [6] 日本銀行、「全国企業短期経済観測調査(短観)」短観(調査全容)一覧
    URL: https://www.boj.or.jp/statistics/tk/zenyo/index.htm

    [7] 総務省、「労働力調査(基本集計)」、 2022年(令和4年)12月
    URL: https://www.stat.go.jp/data/roudou/rireki/tsuki/pdf/202212.pdf

    [8] 独立行政法人労働政策研究・研修機構、「第6回 新型コロナウイルス感染症が企業経営に及ぼす影響に関する調査」
    URL: https://www.jil.go.jp/press/documents/20220518b.pdf

    [9] 帝国データバンク、「TDB景気動向調査」、2022年11月
    URL: https://www.tdb-di.com/economic-trend-survey/ets202211.php

    [10] 窪田剛士、「観光産業の景気動向」、レビューNo.38, November 15, 2022
    URL: https://www.tdb-di.com/posts/2022/11/r2022111501.php

    [11] 国土交通省、「観光白書 令和5年版」
    URL: https://www.mlit.go.jp/statistics/content/001512919.pdf

    [12] 厚生労働省、「賃金構造基本統計調査」
    URL: https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/05.pdf

    [13] 内閣官房、「新型コロナウイルス感染症対策 基本的対処方針に基づく対応」
    URL: https://corona.go.jp/emergency/

    [14] 独立行政法人労働政策研究・研修機構、「均衡失業率、需要不足失業率」
    URL: https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/topics/uv/uv.html

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