信用調査データを用いた雇用傾向の把握(2023年6月データ)
回復傾向が続く宿泊飲食業界の動向
~ 堅調に回復も人員不足は深刻化 ~
~ 堅調に回復も人員不足は深刻化 ~
【要約】
- 帝国データバンクが保有する信用調査データにおいて、2013年から2022年の10年間で毎年調査が入っていた宿泊飲食業を対象に、従業員数の変動を集計した。景気は大幅に改善しており、今後に期待がもてる。一方で人員不足は深刻化を続けており、今後も注目すべきである。
- 結果として回復傾向が見られ、他の統計と一致する結果に。回復期においても非正規社員の方が変動の幅が大きく景気の影響を受けやすいと考えられる。今後も緩やかな回復が予想される。
帝国データバンク(以下, TDB)が保有する信用調査データを用いて、優良企業の雇用の動向を把握するという目的で、正社員数・非正規社員数の変動を集計・可視化した。本レポートでは、可視化の結果および考察を報告する。
- 本レポートの目的
本レポートは、産業界および行政における雇用計画や政策に関する意思決定に資するため、雇用動向を継続的に報告するものである。対象としている企業は、信用調査が直近10年の間に毎年行われた宿泊飲食業界の企業である。信用調査の動機の1つは、取引先の検討である。売上高や利益の観点から、対象としている企業は、この動機を反映しており、商取引の中心となる企業であることが考えられる。全体的な傾向を把握するための公的統計とは別の視点で、商取引の中心となる企業の雇用動向の可視化とそこから波及する経済効果の先回り把握を目的とする。 - 背景
本レポートでは、コロナ禍の雇用への影響により注目するために宿泊飲食業界に絞って可視化と考察を行っている。コロナ禍では多くの産業が影響を受けたが、その中でも宿泊飲食業は特に衝撃が大きかったことがわかっている。コロナ禍前まで宿泊飲食業が関連する観光関連産業は急成長中の市場であった。特に訪日外国人旅行客数および消費額は2019年まで8年連続で右肩上がりの傾向を示し、消費額に関してはその期間で5.9倍に成長し5兆円に迫ろうとしていた[1][2]。国内旅行でも日帰りと宿泊を合わせて毎年6億人分程度の人流、消費額にして20兆円程度の規模で堅調に推移していた[3]。その後、2020年、21年で一時は2019年の0.7%まで落ち込んだ訪日外国人旅行者も23年の上半期は2019年同時期の65%まで回復した。消費額も2023年の4-6月期は2019年同時期と比較して95.1%まで回復した[2]。
国内旅行者数も訪日外国人ほどではないが、2019年の半分程度まで落ち込んだが、2023年の4-6月期は2019年同時期の81.4%まで回復した。2019年の半分を下回る程であった消費額も2023年の4-6月期は2019年同時期の93.4%まで回復している。総じて、2020年と21年で需要が急激に縮小したのち、2022年中頃から回復傾向が続いており、一部の指標でコロナ禍前の水準に近づいていることがわかる。
現在、観光関連業界は複雑かつ重大な局面に直面している。2023年第1四半期の観光DIでは、コロナ禍前の2019年の水準を超えており、景気が拡大している[4]。全産業の水準を上回り観光市場復活の兆しが見られる。特に宿泊サービスの上昇は凄まじく、過去最高の62.1ポイントを記録している。旅行業界に絞ったトラベルDIも同様にコロナ禍前の水準に達し、全産業のDIを超えている[5]。さらに、アジア太平洋の国際観光客の回復見通しは他の地域よりも遅れて2023年以降とされている[6]。これらは今後の需要回復に期待が持てる結果となった。一方で、人手不足が課題となっている。日銀の雇用人員判断D.I.では、2020年と21年ではほとんどの期間で人員を過剰としていたが、現在は過去10年で最も人手不足感が感じられている[7]。帝国データバンクの調査でも旅館・ホテル業と飲食店は人手不足上位になっており、70%前後の事業者が人手不足を訴えている[8]。
観光産業は非正規雇用が多く、入職率と離職率の入れ替わりが激しいという構造的な問題も抱えており、賃金も低いとされている[6][9]。これに対して、デジタル技術を活用する動きも増えてきた[10]。これにより、質や生産性の向上に繋がる可能性もある。
以上から、観光産業は成長が期待できる一方で、複雑な要因が影響しているため今後もその動向の注視が必要である。 - データ概要
本レポートが対象としている企業は、前年までの直近10年で信用調査が毎年行われている企業である。2023年6月更新のデータ時点において対象となるのは、2013年から2022年まで毎年1回以上の調査が行われている企業になる。これらの企業の2023年までの動向を四半期ごとに公表する。また、合併・分割・転籍・出向を行った企業を詳細に確認して除くようにすることで企業の雇用行動としての増減をより的確に反映できるようにしている。データの処理方法として、調査がない時点における値をガウス過程回帰(Gaussian Process Regression, 以下、GPR)で推定している。信用調査は他の企業からの依頼に基づいて実施されるため、毎四半期でデータがあるとは限らない。GPRでは、各企業の実際の調査の値が滑らかな曲線の関数から誤差を伴って生成されたものとして、関数とその関数の散らばりを推定している。誌面の都合上、より数理的な詳細は滋賀大学/帝国データバンク Data Engineering Machine Learningセンターのホームページで公開している。今回は、調査がなかった時点について、平均の関数上の値とその±1標準偏差の値を取得している(図1)。これによって前の時点の値を用いることがなくなるとともに、直近10年で調査が入っているにも関わらずLOCFでも値が確保できない企業を扱えるようになった。指標の算出では平均と±1標準偏差の関係が逆転しないように、最初の時点の値を平均の関数上の値に統一して、平均曲線と±1標準偏差のそれぞれのデータで算出している(付録参照)。結果的に、257社が対象となった。
【図1 調査がない時点の値の推定イメージ】
- 結果
以下に正社員数・非正規社員数の変動を示す。図2、図3および図4はそれぞれ基準変動の平均値、基準変動の中央値、合計の基準変動を示す(付録参照)。2013年から2022年の10年間で毎年1回以上調査が入った企業について2014年第1四半期(14Q1)から可視化している。当該期間は大きく3つの期間に分けられる。まず、2014年から2018年まではアベノミクスが実施されていた時期であり、景気回復期間であった。次に2019年後半にはCovid-19が発見され、2020年と2021年がコロナ禍でも観光関連産業においては需要が縮小して特に影響を受けた時期である。最後に、2022年も引き続きコロナ禍の感染拡大はあるが、各種規制が撤廃され経済活動が比較的盛んになっている。
【図2 宿泊・飲食サービスの基準変動の平均】 【図3 宿泊・飲食サービスの基準変動の中央値】 【図4 宿泊・飲食サービスの基準変動の合計】
4.1 正社員数
- 平均値と合計で大きく拡大
- 中央値は変わらず、2014年の同時期と同水準
- 22年半ばから継続的な拡大
4.2 非正規社員数
- 平均値は23Q1、Q2で縮小
- 中央値と合計は拡大であるため、一部企業の大きめの縮小か
- 22年から継続的な拡大
- 考察
雇用回復の背景には以下のような要因が考えられる。
- 全国旅行支援継続[11]
- 新型コロナウイルス感染症の第5類移行によって事実上の行動制限廃止[12]
- 冬・春休みやゴールデンウィークなど季節的な需要が後押し
- 今後の展望
2023年第2四半期の特徴として、新型コロナウイルス感染症の第5類への以降が挙げられる[12]。人流制限がかなり緩和されたことになる。また、ゴールデンウィークや夏休みといったイベントを踏まえて業界は一層活気を取り戻すと考えられる。最も訪日客が多かった中国の規制も8月に緩和され[13]、追い風となることが予想される。一方で人手不足は深刻化するばかりだが、元々人材の入れ替わりが激しい業界であるため、雇用の側面は先行きが不透明である。 - 公的統計との比較
本章では、本レポートにおける結果と公的統計の結果を比較することで、これらの一致や相違から経済の実態を多角的に考察する。代表的な統計として労働力調査と法人企業統計調査との比較を行う。
7.1 労働力調査
労働力調査では主な産業別正規の職員、従業員数と非正規の職員、従業員数が公開されている[14]。対象は、全国で無作為に抽出された約40,000世帯の世帯員のうち15歳以上の者約10万人である。本節では従業員数を、四半期ごとの合計の基準変動と月ごとの労働力調査から雇用形態別に比較する。
【図5 労働力調査と信用調査の比較】 合計の基準変動が労働力調査の変動の間を縫うようになっており傾向が似ている(図5)。どちらも2022年中頃から上昇に転じた。また非正規雇用の方が、変動が大きいことは労働力調査でも同じである。さらに、正社員数について労働力調査は2022年中頃から100を超える月が増え始めており、個人単位では宿泊飲食業界に従事する人数は回復してきている。一方で合計の基準変動から、人手不足であるにも関わらず、企業単位では回復していないことがわかる。
7.2 法人企業統計調査
本節では四半期ごとの合計の基準変動と法人企業統計調査の四半期ごとの従業員数の推移を比較する。法人企業統計調査とはわが国における営利法人等の企業活動の実態を把握するために実施されている[15]。この調査の四半期別調査の対象は、資本金、出資金又は基金1,000万円以上の営利法人等である。法人企業統計調査では、年次調査の人件費の項目で、「従業員数は常用者の期中平均人員と、当期中の臨時従業員(総従事時間数を常用者の1カ月平均労働時間数で除したもの)との合計」として従業員数を調査している。雇用形態に分けられていないため合計の基準変動も正規雇用と非正規雇用を足し合わせたものから算出した。雇用形態別の比較はできなくなるが、企業同士の比較が可能になる。本レポートの指標は商取引の中心であるからといって必ずしも大企業ではない。推移の違いは、一社あたりの売上高は法人企業統計調査の方が大きいことによるものである。
【図6 法人企業統計調査と信用調査の比較】 2022年中頃から回復し始めた法人企業統計調査の数値は、ついに最新でコロナ禍前の水準を超えた(図6)。急激な回復傾向が見られる。本レポートの指標でも堅調に推移している。商取引の中心企業の方が緩やかな縮小と拡大がある可能性がある。
7.3 UV分析
労働力調査では、完全失業者は2023年3月分の調査で21カ月ぶりに増加した[14]。労働の過不足感を評価するUV分析の図表を1970年以降で作成した(図7)[16]。色が明るくなるほど最新の時点であり、線が出ていない最後の点が23Q2時点である。点は四半期ごとに描画してある。横軸に欠員率、縦軸に雇用失業率をとっているため、横軸が大きくなるほど人手不足感があり、縦軸が大きくなるほど失業が増えている。よって、右下三角形と左上三角形はそれぞれ、経済拡大と縮小にあたる。2021年Q1がちょうど欠員率と雇用失業率の均衡点であったのに対し、それ以降45°線の右下に来ていることがわかるため、理論的には拡大期であると考えられる。22Q2以降は欠員率、雇用失業率ともに大きな変化はない。
【図7 UV分析】 - まとめ
本レポートでは、信用調査が入る回数が多い企業を商取引の中心企業と定義して宿泊飲食業界を対象に可視化を行なった。宿泊飲食業界の景気はコロナ禍前の水準を超えつつあり、雇用も引き続き回復傾向である。一方で、深刻化を続ける人員不足や構造的な労働市場の課題も抱えており、複雑な環境下にある。今後の動向も注目すべきである。
- 付録
9-1. 評価指標
本レポートでは、以下の3つの評価指標に基づいて可視化を行った。- 基準変動の平均値
- 基準変動の中央値
- 合計の基準変動
【図8 基準変動の平均値・中央値】
【図9 合計の基準変動】 a.とb.は、各社の雇用の変化を平均化し、個社企業の全体的な傾向を把握するための指標である。対象期間における各企業の初年Q1の値を100とし、これと比較した各四半期の比を算出し、産業別に平均値と中央値を取得している。
c.は、各社の合計を求めた後に変化値にしていることから、変動は雇用している規模の大きさに依存し、業界全体の変動を見るための指標である。対象期間におけるそれぞれの年で、数値を産業ごとに合計し、初年Q1を100として、初年と比較した時の各四半期の比を算出する。
(参考文献)
[1] 日本政府観光局、「訪日外客統計月次報告」
URL: https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/
[2] 観光庁、「訪日外国人消費動向調査」、2023
URL: https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/content/001609726.pdf
[3] 観光庁、「旅行・観光消費動向調査」、2022年10~12月期分
URL: https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/shouhidoukou.html
[4] 窪田剛士、「観光産業の景気動向(2)観光DIが過去最高を更新」、レビューNo.39, May 11, 2023
URL: https://www.tdb-di.com/posts/2023/05/r2023051101.php
[5] 帝国データバンク、「旅行業界の景況感に関する動向調査」、2023年8月14日
URL: https://www.tdb-di.com/special-planning-survey/sp20230814.php
[6] 国土交通省、「観光白書 令和5年版」
URL: https://www.mlit.go.jp/statistics/content/001512919.pdf
[7] 日本銀行、「全国企業短期経済観測調査(短観)」短観(調査全容)一覧
URL: https://www.boj.or.jp/statistics/tk/zenyo/index.htm
[8] 帝国データバンク、「人手不足に対する企業の動向調査(2023年7月)」、2023年8月7日
URL: https://www.tdb-di.com/special-planning-survey/sp20230807.php
[9] 厚生労働省、「賃金構造基本統計調査」
URL: https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/05.pdf
[10] 観光庁、「観光DX」
URL: https://kanko-dx.jp/
[11] 観光庁、「全国旅行支援 都道府県連絡先一覧」
URL: https://www.mlit.go.jp/kankocho/page06_000261.html
[12] 厚生労働省、新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について
URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html
[13] 日本経済新聞、中国、訪日団体旅行を解禁へ 10日にも、2023年8月9日付
URL: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM09BB90Z00C23A8000000/
[14] 総務省、「労働力調査」
URL: https://www.stat.go.jp/data/roudou/index.html
[15] 財務省、「法人企業統計調査」
URL: https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm
[16] 独立行政法人労働政策研究・研修機構、「均衡失業率、需要不足失業率」
URL: https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/topics/uv/uv.html