企業経営者の感覚による業種別倒産傾向の予測と分析(2024年6月)

経営者感覚による業種別の倒産件数予測と
予測結果に大きな影響を与えた共変量の考察

【要約】

  1. TDB景気DIの内訳指標を入力情報として用いて業種別に倒産件数の予測を行い、予測結果に関する考察をした。

  2. 2023年3月以降、建設・不動産業とサービス・小売業は倒産件数の実現値とモデル予測の乖離が小さくなっており、新型コロナウイルス流行前の経済状況に戻りつつある。他業種についても、倒産件数の実現値は増加傾向にあり、ゼロゼロ融資政策が終了した影響が現れている。

【数理モデルを用いて推定した月次倒産件数の予測(サービス・小売業)】
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  1. 本レポートの背景と目的
    倒産件数の予測は金融機関のリスク管理において活用できると考えられており、そのような背景の下に、数理モデルを用いた定量的な倒産件数の予測手法の開発が進められてきた。倒産件数の予測においては、企業を取り巻く経済環境を予測に反映させる必要がある。これまで行われてきた研究では、主にマクロ経済指標をモデルに取り入れることで経済環境を反映させてきた。

    一方で、帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚から、倒産傾向を予測できるか」[1]では、企業の業況を直に把握している経営者の感覚が倒産件数の予測に有効であるか検討することを目的として、経営者へのアンケート調査によって得られた景況感を示すTDB景気動向指数(TDB景気DI※1)を用いて倒産件数を予測しており、TDB景気DIを用いた倒産件数の予測が高精度であることが示された。


    帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による予測と実績の乖離から企業倒産リスクの増加が顕著に」[2]では、新たにTDB景気DI内訳指標を追加して倒産件数の予測を行った。なお、[2]では新型コロナウイルスが経済に影響を与える前の経済状況を対象に、TDB景気DI内訳指標による倒産件数予測の有用性を示すことを目的とするため、モデルの学習期間は2019年以前としている。また、[2]では「建設・不動産業」、「製造業」、「卸売業」、「サービス・小売業」、「(これら以外の)その他の業種」、の5業種に対して倒産件数を予測している。これらが倒産件数の非常に多い業種であること、中でもサービス・小売業は新型コロナウイルスの影響から厳しい経営環境にあり、その動向を注視したいと考えたこと、以上の2点がこの様な分類をした背景にある。


    本レポートにおいても、上記5業種に対して倒産件数の予測を行う。倒産件数の予測手法は、 [1]において提案された手法を基にした。産業・業種ごとのTDB景気DI・TDB景気DI内訳指標の情報から6ヶ月先の倒産件数を推定する数理モデルを、過去のTDB景気DI・TDB景気DI内訳指標および倒産件数のデータから構築した。2006年6月から2019年6月までのTDB景気DI・TDB景気DI内訳指標と2006年12月から2019年12月までの倒産件数で構築した数理モデルを用いて、2020年1月から2024年9月までの倒産件数を予測し、倒産件数の実績が得られている2024年3月までの期間は実現値と予測値の比較について、倒産件数の実績が得られていない2024年4月以降は倒産件数の予測傾向について言及した。

  2. 建設・不動産業の倒産件数予測
    はじめに、建設・不動産業における倒産の実績とモデルによる予測結果を図1に示す。

    図の濃い灰色で示した部分は、緊急事態宣言が発令されていた期間であり、薄い灰色で示した部分が予測期間を示している。図の青線は建設・不動産業の倒産件数の実現値を示している。ただし、2020年5月は緊急事態宣言の発令により裁判所の業務が縮小し、倒産件数に大きなバイアスが存在するため、利用するデータからは除外した。図の赤の実線はモデルによる予測の中央値を、図の赤の点線は、上の点線が上側5%点、下の点線が下側5%点をそれぞれ示している。以下では、図の青線を実現値、赤の実線を予測値とし、これらを用いて比較や倒産件数予測の傾向について分析をする。


    【図1 建設・不動産業における倒産件数予測(2015年1月以降)】
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    倒産件数の予測結果について、図1より、2023年3月以降で実現値と予測値との乖離が小さくなっていることが読み取れる。それぞれの推移に注目すると、予測値はさほど大きく変動していないが、実現値は2023年2月・3月で急増し、その後2022年の水準まで下がることはなかった。コロナ禍の影響を受けた企業を支援するためのゼロゼロ融資政策の申し込みが2022年9月に終了していること、2023年3月の予測値はその半年前の2022年9月のTDB景気DIおよび内訳指標から算出されていることを鑑みると、実現値の増加はゼロゼロ融資政策の終了が要因であると考えられる。2024年4月以降の6ヶ月間の倒産件数については、170件から185件まで緩やかに上昇すると予測している。


    【図2 建設・不動産業における倒産件数予測に対する不動産の雇用過不足DI(正社員)の6ヶ月ボラティリティの寄与度】
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    選択された共変量の直近 (2019年7月から2024年3月) の動向とその要因を指摘し、それらの値がどのように倒産件数の予測値(2020年1月から2024年9月)に反映されているのかを述べる。図2より、建設・不動産業において、「不動産の雇用過不足DI(正社員)の6ヶ月ボラティリティ」が直近の倒産件数予測の変動に大きな影響を与えていることが分かる。「不動産の雇用過不足DI(正社員)の原系列」と「不動産の雇用過不足DI(正社員)の6ヶ月ボラティリティ」の最近の動向を見ると、不動産の雇用過不足DI(正社員)の原系列は、期間全体を通して50〜56を推移しており、経営者は業界全体として一定数の従業員不足を感じている。不動産の雇用過不足DI(正社員)の6ヶ月ボラティリティは、期間全体を通して0.5〜2で推移しており、その従業員不足の感覚にはバラツキがあった。

  3. 製造業の倒産件数予測
    以降の業種についても、建設・不動産業と同様に、予測結果、寄与度・考察を述べる。


    【図3 製造業における倒産件数予測(2015年1月以降)】
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    製造業における倒産の実績とモデルによる予測結果を図3に示す。


    図3より、実現値は建設・不動産業と同様に2023年3月に急増している。その後は、2022年と同水準まで下がる月もあるが、全体としては高止まりしており、その結果、予測値との乖離は小さくなっている。しかし、建設・不動産業と比較すると未だその乖離は大きい。素朴に実現値と予測値の差分を比較しても建設・不動産業より明らかに乖離が見られる。実現値が増加傾向にある要因については、時期などからもゼロゼロ融資政策終了にあると推測できる。2024年4月以降の6ヶ月間の倒産件数は、120件から125件の間を推移すると予測している。


    【図4 製造業における倒産件数予測に対する化学品製造の仕入単価DIの原系列の寄与度】
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    図4より、製造業においては、「化学品製造の仕入単価DIの原系列」が直近の倒産件数予測の変動に大きな影響を与えていることが分かる。「化学品製造の仕入単価DIの原系列」の最近の動向を見ると、期間全体を通して50を上回っており、経営者は前年比で仕入単価の高騰を感じている。化学品製造の仕入単価DIの原系列の主な変動要因としては、原油価格の変動が考えられる。

  4. 卸売業の倒産件数予測

    【図5 卸売業における倒産件数予測(2015年1月以降)】
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    卸売業における倒産の実績とモデルによる予測結果を図5に示す。


    図5より、実現値に関しては、これまでの2業種と同様の傾向が見られる。すなわち、2023年3月は急増しており、その後は高止まりしている。2022年と同水準まで下がる月もあるため、製造業に近い推移をしている。実現値と予測値の乖離については建設・不動産業と製造業の中間程度となっている。乖離の比較的小さい月を抽出して、実現値とモデル予測の差分を見ると、2020年の上半期(新型コロナウイルスによる影響がない)と同程度であるため、通常の経済状況に戻りつつあると言える。実現値の増加の要因については、建設・不動産業や製造業と同様にゼロゼロ融資の終了を挙げる。2024年4月以降の6ヶ月間の倒産件数は、130件弱から120件程度まで緩やかに減少すると予測している。


    【図6 卸売業における倒産件数予測に対する再生資源卸売の雇用過不足DI(正社員)の6ヶ月ボラティリティの寄与度】
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    図6より、卸売業においては、「雇用過不足DI(正社員)_6ヶ月ボラティリティ_再生資源卸売」が倒産件数予測の変動率に大きな影響を与えていることが分かる。「雇用過不足DI(正社員)_原系列_再生資源卸売」と「雇用過不足DI(正社員)_6ヶ月ボラティリティ_再生資源卸売」の最近の動向を見ると、「再生資源卸売業の雇用過不足DI(正社員)」は50〜60を推移しており、経営者は業界全体として一定数の従業員不足を感じている。「雇用過不足DI(正社員)_6ヶ月ボラティリティ_再生資源卸売」は0.5〜2.5の間で推移しており、その従業員不足の感覚にはばらつきがあった。

  5. サービス・小売業の倒産件数予測

    【図7 サービス・小売業における倒産件数予測(2015年1月以降)】
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    サービス・小売業における倒産の実績とモデルによる予測結果を図7に示す。


    図7より、倒産件数の実現値とモデル予測(中央値)と比較すると、建設・不動産業と同様に、2023年3月以降に実現値は急激に増加している。翌月は大きく減少したがそれ以降は再び増加し、2022年までの水準には低下しなかった。その結果、実現値と予測値の乖離が小さくなっている。むしろ予測値を実現値が上回っていることが大半で、これは建設・不動産業とは異なる点である。しかし総じて建設・不動産業と類似しており、サービス・小売業についてもコロナ禍前の経済状況に戻ったと判断しても問題ないと考える。倒産件数の実現値が増加した要因は、これまでと同様に、ゼロゼロ融資政策の終了にあると考える。2024年4月以降の6ヶ月間の倒産件数は、360件から320件まで大きく減少すると予測している。


    【図8 サービス・小売業における倒産件数予測に対する専門商品小売の景気DIの原系列の寄与度】
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    図8より、サービス・小売業において、「専門商品小売の景気DIの原系列」が直近の予測値の変動率に大きな影響を与えていることが分かる。「専門商品小売の景気DIの原系列」の直近の動向は、2019年下半期を除いて40を下回っており、経営者は業界の景気が悪いと感じている。専門商品小売の景気DIの原系列が低迷している主な要因として、家庭用電気機械器具小売業でメーカーの相次ぐ値上げで買い控えが発生していることや、菓子小売業で資材や人件費の上昇、消費意欲の減退などが起きていることなどが考えられる。

  6. その他の業種の倒産件数予測

    【図9 その他の業種における倒産件数予測(2015年1月以降)】
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    その他の業種における倒産の実績とモデルによる予測結果を図9に示す。


    図9より、倒産件数の実現値についてはこれまでの4業種と同様に、「2023年3月以降は急激に増加、翌月は大きく減少したがそれ以降は再び増加し、その後は高止まり」と推移している。倒産件数の実現値の増加の要因については、ゼロゼロ融資の終了を挙げる。予測値と比較した場合、2023年3月以前と以後で、実現値との乖離には大きな変化が見られない。また、これまでの4業種とは異なり、2023年3月以降は常に実現値が予測を上回り続けている。その他の業種に関しては、コロナ禍以前の状況に戻ったとは言い難い状況である。2024年4月以降の6ヶ月間の倒産件数については、60件前後で推移すると予測している。


    【図10 その他業種における倒産件数予測に対する農・林・水産の仕入単価DIの原系列の寄与度】
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    図10より、その他の業種において、「農・林・水産の仕入単価DIの原系列」が直近の倒産件数予測の変動に大きな影響を与えていることが分かる。「農・林・水産の仕入単価DIの原系列」の最近の動向を見ると、農・林・水産の仕入単価DIの原系列は、2020年上半期を除いて50を上回っており、経営者は前年比で仕入単価の高騰を感じている。農・林・水産の仕入単価DIの原系列の主な変動要因として、園芸サービス業の資材のガソリン価格が大きく上昇していることなどが考えられる。

  7. まとめ
    本レポートでは、[1]や[2]で倒産予測のための情報として採用したTDB景気DI・TDB景気DI内訳指標による業種別の倒産予測を行い、実現値との比較や倒産傾向について言及した。

    各業種の倒産予測に大きな影響を与えた共変量は、建設・不動産業は「不動産の雇用過不足DI(正社員)の6ヶ月ボラティリティ」、製造業は「化学品製造の仕入単価DI、建材・家具・窯業・土石製品製造の従業員数DI」、卸売業は「再生資源卸売の雇用過不足DIの6ヶ月ボラティリティ」、サービス・小売業は「専門商品小売の仕入単価DI、景気DI」、その他業種は「農・林・水産の仕入単価DI、金融機関の融資姿勢DI」であった。


    その他の業種を除いて、予測値と実績値の乖離は小さくなってきており、いずれもゼロゼロ融資政策の終了による倒産件数(実現値)の増加が主な要因であると考えられる。今後の方針としては、全業種に対して新型コロナウイルスが5類感染症に移行された2023年5月以降を新たに学習期間に含めて倒産件数の予測を行うこととする。

  8. ※1:TDB景気動向調査(https://www.tdb-di.com


    (参考文献)
    [1] 帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚から、倒産傾向を予測できるか」2021年1月26日,URL: https://www.tdb-di.com/2021/01/e2021012601.pdf

    [2] 帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚による業種別倒産傾向の予測と実績の乖離から、企業倒産リスクの増加が顕著に」2022年4月15日,URL: https://www.tdb-di.com/2022/04/f2022041501.pdf

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