信用調査データを用いた雇用傾向の把握(2023年12月データ)

需要高まる宿泊飲食サービス業の動向
~景気良好の裏で人手不足は深刻化~

【要約】

  1. 帝国データバンクが保有する信用調査データにおいて、2013年から2022年の10年間で毎年調査が入っていた宿泊飲食サービス業(宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業)を対象に、従業員数の変動を集計した。景気の改善が見られる反面、人手不足も深まっており、今後の展開が注目される。

  2. 業界の景気回復に伴い、従業員数に関しても回復傾向が見られる。正社員に関しては、推移が横ばい状態であり変動が落ち着いた様子である。非正規社員は変動の幅が大きく景気の影響を受けやすいと考えられ、今後も回復が続くと予想される。


中核企業の雇用の動向を把握するという目的で、株式会社帝国データバンク(以下, TDB)が保有する信用調査データを用いて、正社員数・非正規社員数の変動を集計・可視化した。本レポートでは、可視化の結果および考察を報告する。


  1. 本レポートの目的
    本レポートは、産業界および行政における雇用計画や政策に関する意思決定に資するため、雇用動向を継続的に報告するものである。集計対象は、信用調査が直近10年の間に毎年行われた企業とする。これら企業は商取引の中心となる企業と捉えることができ、全体的な傾向を把握するための公的統計とは別の視点で、商取引の中心となる企業の雇用動向の可視化とそこから波及する経済効果の先回り把握を目的とする。

    また、コロナ禍の雇用への影響により注目するため、宿泊飲食サービス業(宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業)を対象とする。

  2. 背景
    コロナ禍以前、宿泊飲食サービス業が関連する観光関連産業は成長著しい市場であった。特に訪日外国人旅行客数および消費額は2019年まで8年連続で右肩上がりの傾向を示し、消費額に関してはその期間で5.9倍に成長し5兆円に迫ろうとする勢いであった[1][2]。国内旅行でも日帰りと宿泊を合わせて毎年6億人分程度の人流、消費額にして20兆円程度の規模で堅調に推移していた[3]。

    訪日外国人旅行者は、2020年・2021年で一時は2019年の0.7%台まで落ち込んだものの、2023年の10-12月期は2019年同時期の103%、消費額に関しては137.6%となり、コロナ禍前の水準を超える結果となった[1][2]。国内旅行者数も訪日外国人ほどではないものの、2019年の半分程度まで落ち込んだが、2023年の10-12月期は2019年同時期の91.3%まで回復した。2019年の半分を下回る程であった消費額は2023年の10-12月期には2019年同時期の111.5%となっている[3]。総じて、2020年と21年で需要が急激に縮小したのち、2022年中頃から回復傾向が続いており、2023年末にはコロナ禍前と同水準まで回復、あるいは上回っていることがわかる。


    現在、観光関連業界は複雑かつ重大な局面に直面している。2023年4月の観光DIでは、コロナ禍前の2019年の水準を超えており、景気が拡大している[4]。全産業の水準を上回り観光市場復活の兆しが見られる。特に宿泊サービスの上昇は凄まじく、過去最高の62.1ポイントを記録している。旅行業界に絞ったトラベルDIも同様にコロナ禍前の水準に達し、全産業のDIを超えている[5]。さらに、為替の円安進行や欧米の物価高騰により海外旅行の本格的な回復はまだ先とされていることや、アジア太平洋の国際観光客の回復見通しは2023年以降とされていることなどを踏まえると、今後のさらなる需要回復についても期待が持てる[5] [6]。


    一方で、人手不足が課題となっている。宿泊飲食サービス業に該当する日銀の雇用人員判断DIの2014年から2020年までの推移を図1に示す[7]。コロナ禍前の2014年から2019年にかけて人手不足が強まっていたが、2020年と2021年では半分以上の期間で人員過剰に転じており、コロナ禍による景気悪化の影響が見受けられる。コロナ収束後は人手不足の状態に戻り、業界の需要拡大も相まって2023年末には過去10年で最も人手不足が感じられる結果となった。


    【図1 日銀雇用人員判断DI】
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    TDBの調査でも旅館・ホテル業と飲食業は現在、人手不足が顕著とされている。正社員の業種別人手不足割合では、旅館・ホテル業が75.6%で最も高く、飲食業は62.6%で7番目の数字となっている。非正規社員の業種別人手不足割合では、飲食業が82.0%で最も高く、次いで旅館・ホテル業の73.5%となっている。2021年の値と見比べてみても、アフターコロナによる需要の回復に人材の確保が追い付いていない状況が考えられる[8]。


    観光産業は非正規雇用が多いことや高い離入職率による人材の定着不足という構造的な問題も抱えており、賃金も低いとされている[6][9]。これに対して、デジタル技術を活用する動きも増えてきた[10]。これにより、質や生産性の向上に繋がる可能性もある。


    以上から、観光産業は成長が期待できる一方で、複雑な要因が影響しているため今後もその動向の注視が必要である。

  3. データ概要
    本レポートが対象としている企業は、前年までの直近10年で信用調査が毎年行われている企業である。2023年12月更新のデータ時点において対象となるのは、2013年から2022年まで毎年1回以上の調査が行われている企業になる。これらの企業の2023年までの動向を四半期ごとに公表する。

    前回までは、従業員数の変動が異常値となる企業を除外していたが、今回から信用調査報告書より雇用の自然増減以外の要因となるような企業を抽出し確認することで、企業の雇用行動としての増減をより的確に反映できるようにした。その結果、469社が対象となった。


    信用調査は他の企業からの依頼に基づいて実施されるため、毎四半期でデータがあるとは限らないため、調査がない時点における値をガウス過程回帰(Gaussian Process Regression, 以下GPR)で推定している。ガウス過程回帰の詳細については付録やData Engineering Machine Learningセンターのホームページ[11]を確認されたい。

  4. 結果・考察
    図2、図3および図4はそれぞれ基準変動の平均値、基準変動の中央値、合計の基準変動を示す。それぞれの指標の意味については、付録を参照されたい。

    2013年から2022年の10年間で毎年1回以上調査が入った企業について2014年第3四半期(14Q3)から可視化している。当該期間は大きく3つの期間に分けられる。まず、2014年から2018年まではアベノミクスが実施されていた時期であり、景気回復期間であった。次に2019年後半にはCovid-19が発見され、2020年と2021年がコロナ禍となり、観光関連産業においては需要が縮小して特に影響を受けた時期である。最後に2022年から2023年にかけて、引き続き新型コロナウイルスは収束しないが、各種規制の撤廃や新型コロナウイルスの5類移行により経済活動が活発さを取り戻している。


    図2に示した基準変動の平均を見ると、正社員、非正規社員ともに2019年頃までの上昇の後、コロナ禍の2020年から2022年頃まで減少、2023年に入り横ばいで推移している。図3に示した基準変動の中央値では、正社員は基準値から大きく変わらず推移しているものの、非正規社員はコロナ禍において基準値を下回っていたことがわかる。2023年に入り非正規社員の中央値は回復し始めている。図4に示した合計の基準変動は図2の平均値と同様にコロナ禍前までは上昇を続けていたものの、コロナ禍で減少し、2023年頃から回復傾向である。


    2014年から2019年にかけて、平均値や合計が正社員、非正規社員ともに上昇していた一方で中央値は変わらず推移していたことから、一部の企業において大きく雇用が拡大していたことがうかがえる。同様に、コロナ禍において非正規社員の平均値は基準値を下回らず、中央値や合計は基準値を下回っていたことからも、一部の企業では雇用を維持してはいたものの、業界全体として新型コロナウイルスが雇用、特に非正規社員に与えた影響が大きかったと考えられる。


    3つの指標に共通して2023年に入り非正規社員の雇用を積極的に進めていることがわかる。雇用回復の背景には次の3つの要因が考えられる。


     - 全国旅行支援の影響と一部自治体での継続[12]
     - 新型コロナウイルス感染症の5類移行によって事実上の行動制限廃止[13]
     - 国内の各種イベント等再開やインバウンド需要の回復


    【図2 宿泊・飲食・サービスの基準変動の平均】
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    【図3 宿泊・飲食・サービスの基準変動の中央値】
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    【図4 宿泊・飲食・サービスの合計の基準変動】
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     4.1 公的統計との比較
     本レポートにおける結果と公的統計の結果を比較することで、これらの一致や相違から経済の実態を多角的に考察する。代表的な統計として労働力調査と法人企業統計調査と比較を行う。


     4.1.1 労働力調査
     労働力調査では主な産業別正規の職員、従業員数と非正規の職員、従業員数が公開されている[15]。対象は、全国で無作為に抽出された約40,000世帯の世帯員のうち15歳以上の約10万人である。本節では従業員数を、四半期ごとの合計の基準変動と月ごとの労働力調査から雇用形態別に比較する。


     図5では労働力調査と信用調査の比較を示している。労働力調査のほうが信用調査に比べて基準変動の増減が激しいものの、大まかな傾向は類似している。どちらも2020年から2021年にかけてのコロナ禍で減少を続けていたが、2022年中頃から回復に転じた。2023年に入り、いずれの雇用形態においても、信用調査が基準値の100を下回る値で推移しているのに対し、労働力調査では基準値を上回る月が増えている。信用調査で対象となるような商取引の中心企業では人手不足は解消されていないが、その他周辺の企業では解消に近づいていることがわかる。


    【図5 労働力調査と信用調査の比較】
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     4.1.2 法人企業統計調査
     本節では四半期ごとの合計の基準変動と法人企業統計調査の四半期ごとの従業員数の推移を比較する。法人企業統計調査は、わが国における営利法人等の企業活動の実態を把握するために実施されている[16]。この調査の四半期別調査の対象は、資本金、出資金又は基金1,000万円以上の営利法人等である。法人企業統計調査では、四半期調査の人件費の項目で、「従業員数は常用従業員の期中平均人員と、当期中の臨時従業員(総従事時間数を常用従業員の1か月平均労働時間数で除したもの)との合計」として従業員数を調査している。雇用形態に分けられていないため合計の基準変動も正規雇用と非正規雇用を足し合わせたものから算出した。雇用形態別の比較はできなくなるが、企業同士の比較が可能になる。本レポートの指標は商取引の中心であるからといって必ずしも大企業ではない。推移の違いは、一社あたりの売上高は法人企業統計調査の方が大きいことによるものである。


     図6は法人企業統計調査と信用調査を比較したものである。法人企業統計調査の値は2023年に入っても基準を下回る水準で推移しており、大きな改善は見られない。折れ線の増減は抽出企業の違いによるものと考えられる。信用調査の値は2022年後半から回復傾向が見られる。法人企業統計調査の対象である大企業よりも信用調査の対象である商取引の中心企業の方が緩やかな拡大と縮小がある可能性がある。


    【図6 法人企業統計調査と信用調査の比較】
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     4.1.3 UV分析
     労働力調査では、2023年10-12月期の集計において失業者は前年同期に比べて1万人の増加、完全失業者は4万人の減少という結果であった [15]。労働の過不足感を評価するUV分析の図表を1970年以降で作成した(図7)[17]。色が明るくなるほど最新の時点であり、線が出ていない最後の点が23Q4時点である。点は四半期ごとに描画してある。横軸に欠員率、縦軸に雇用失業率をとっているため、横軸が大きくなるほど人手不足感があり、縦軸が大きくなるほど失業が増えている。よって、右下三角形と左上三角形はそれぞれ、経済拡大と縮小にあたる。2021年Q1がちょうど欠員率と雇用失業率の均衡点であったのに対し、それ以降45°線の右下に来ていることがわかるため、理論的には拡大期であると考えられる。22Q2以降は欠員率、雇用失業率ともに大きな変化はない。


    【図7 UV分析】
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  5. まとめ
    2023年下半期の特徴として、新型コロナウイルス感染症の5類への移行が挙げられる[13]。人流制限がかなり緩和されたことになる。2024年1月の訪日外客数は、2019年同月との比較でほぼ同数と推計されており、多くの市場で1月の過去最高値を記録している[1]。中国で団体旅行が2023年8月に解禁されたものの2019年1月の55.1%にとどまっていることから、中国人観光客の回復がインバウンド需要のさらなる拡大につながると予想できる[1] [14]。

    本レポートでは、信用調査が入る回数が多い企業を商取引の中心企業と定義して宿泊飲食業界を対象に可視化を行なった。宿泊飲食サービス業界の景気はコロナ禍前を上回る水準であり、今後の進展も見込まれる。雇用に関してコロナ禍からの回復傾向は感じられるものの、人手不足は否めない。また構造的な労働市場の課題も抱えているなど、複雑な環境下にあるため、今後の動向も注目すべきである。

  6. 付録

    6-1. 評価指標
    本レポートでは、以下の3つの評価指標に基づいて可視化を行った。

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