2023年度の賃金動向に関する企業の意識調査

56%で賃上げ見込むも、中小の厳しさ浮き彫りに
~物価高で労働者の定着・確保に奔走、総人件費は平均3.99%増~


政府は、賃上げと労働移動の円滑化、人への投資という3つの課題の一体的改革を進めている。とりわけ、昨今の物価高騰から企業へ従業員に対する賃上げ協力を求めており、賃金改善の動向が大きく注目される。
そこで帝国データバンクは2023年度の賃金動向に関する企業の意識について調査を実施した。本調査は、TDB景気動向調査2023年1月調査とともに行った。


  • 調査期間は2023年1月18日~1月31日、調査対象は全国2万7,362社で、有効回答企業数は1万1,719社(回答率42.8%)。なお、賃金に関する調査は2006年1月以降、毎年1月に実施し、今回で18回目。
  • ※本調査における詳細データは景気動向オンライン(https://www.tdb-di.com)に掲載している


  1. 2023年度、企業の56.5%で賃金改善を見込む。ベースアップは過去最高を記録

    2023年度の企業の賃金動向について尋ねたところ、正社員の賃金改善(ベースアップや賞与、一時金の引上げ)が「ある」と見込む企業は56.5%と2年連続で増加、2018年度見込み(2018年1月調査)と並び過去最高水準となった。一方、「ない」と回答した企業は17.3%と前回調査(19.5%)から2.2ポイント低下、調査開始以降で最も低い水準だった。


    賃金改善状況の推移

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    賃金改善の状況について企業規模別にみると、「大企業」「中小企業」「小規模企業」の3規模すべてで、前回調査の2022年度見込みから賃金改善見込みの割合が上昇した。また、従業員数別では、「6~20人」「21~50人」「51~100人」で6割を超えている。他方、「5人以下」(39.6%)と「1,000人超」(39.4%)の両サイドで賃金改善を行う割合が低くなっている。しかし、賃金改善を実施しない割合は「5人以下」(33.1%)が突出して高く、従業員が5人以下でより賃金改善を行う環境が厳しくなっている様子がうかがえる。

    賃金改善の2022年度見込みと2023年度見込みの比較~規模、従業員数別~

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    業界別では『建設』(60.1%)が最も高く、『製造』(60.0%)や『卸売』(57.2%)が続いている。
    企業からは、「基本的な収益構造を確実化させ、ベースアップ達成を目指す」(技術提供業、神奈川県)や「大幅な賃金改定は難しく、わずかではあるが従業員の生活補填をしたい。賃金改定による販売価格の見直しは必須であることから取引先との交渉が課題」(料理品小売、長野県)などの意見が聞かれた。また、「物価高により給料もできる範囲でアップしたい」(野菜漬物製造、和歌山県)、「賃金水準と消費拡大の好循環が来れば大変良い状況になる」(ガソリンスタンド、鳥取県)や「臨時手当も考えたが、人員確保には目に見えるベースアップが重要」(土工・コンクリート工事、高知県)といった声もあがった。

    賃金改善の2022年度見込みと2023年度見込みの比較~業界別~

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    賃金改善の具体的な内容をみると、「ベースアップ」が49.1%(前年比2.7ポイント増)、「賞与(一時金)」が27.1%(同0.6ポイント減)となった。「ベースアップ」は過去最高となった前年の46.4%を上回り、2年連続で調査開始以降の最高を更新した。

    賃金改善の具体的内容

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    また、2023年度に正社員の賃金改善が「ある」企業に対して、どの階層が賃金改善の対象となるか尋ねたところ、「従業員[1]」は98.3%、「管理職」は68.5%、「新入社員」は41.0%、「役員」は21.3%となった。

    2023年度の賃金改善見込み~階層別~

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  2. 賃金改善の理由、「物価動向」が急増、「従業員の生活を支えるため」も7割超

    2023年度に賃金改善が「ある」と回答した企業に、その理由を尋ねたところ、人手不足などによる「労働力の定着・確保」が71.9%(複数回答、以下同)と最も多かった。


    また、今回調査で初めて尋ねた「従業員の生活を支えるため」は70.1%と7割を超え、トップに迫る水準となった。さらに、飲食料品などの値上げが続いている「物価動向」(57.5%)は前回より35.7ポイント増加しており、2015年度(23.8%)を大きく上回る過去最高水準に達した。以下、「自社の業績拡大」(26.2%)、「同業他社の賃金動向」(22.3%)が続いている。

    賃金を改善する理由(複数回答)

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    企業からは、「社員のモチベ-ションアップのため」(金属製品製造、熊本県)や「このご時世に賃上げしないと人財が流出してしまう。赤字になっても賃上げするしかない」(ソフト受託開発、東京都)といった声があげられた。また、「本人の能力や責任感のアップにともない、個々ができる業務の総量が増えたため、増員を考えなくても良い状況にある」(医薬品小売、北海道)のほか、「自己研鑽費用に充ててもらうため」(貸事務所、神奈川県)など、リスキリングを含め社員のスキルアップによる生産性向上に期待する意見も聞かれた。


  3. 賃金を改善しない理由、「自社の業績低迷」がトップ

    他方、賃金改善が「ない」企業にその理由を尋ねたところ、「自社の業績低迷」が62.2%(複数回答、以下同)と2022年度見込み同様に最も多くなった。また、「物価動向」(20.2%)は賃金改善を行う理由でも上位にあげられた一方で、物価上昇が賃金改善を行えない状況をもたらしていた様子もうかがえる。以下、「同業他社の賃金動向」(15.5%)、新規採用増や定年延長にともなう人件費・労務費の増加などの「人的投資の増強」(12.8%)、「内部留保の増強」(11.4%)が続く。

    賃金を改善しない理由(複数回答)

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    賃金改善が「ある」、「ない」ともに、「物価動向」を理由にあげる企業が2022年度見込みと比べ上昇している。帝国データバンクが実施した調査[2]によると、企業の69.2%は多少なりとも価格転嫁できているものの、すべて転嫁できている企業は4.1%にとどまる。価格転嫁をしたいと考えている企業の販売価格への転嫁割合を示す「価格転嫁率」は39.9%と4割を下回っており、こうしたことが中小企業や小規模企業を中心に賃金改善に回す余力を奪っている可能性が示唆される。


    企業からは、「昨年、賃上げを行った」(野菜作農、福島県)や「賃金に回す余裕がない」(電気配線工事、宮城県)、「自社も業界全体も採算性が低いため賃金を上げにくい」(花・植木小売、茨城県)などの意見がみられた。また、「既に能率改善等はやり尽くした現状において、生産量が飛躍的に増えるか、受注単価が飛躍的に高くならない限り賃上げなど無理な資金繰り」(電子計算機等製造、長野県)といった、賃上げには販売単価の上昇などが必要と指摘する声も聞かれた。


  4. 総人件費は平均3.99%増加見込みも、従業員給与は平均2.10%増と試算

    2023年度の自社の総人件費が2022年度と比較してどの程度変動すると見込むかを尋ねたところ、「増加」[3]を見込んでいる企業は、69.6%と前年比で2.5ポイント増加していた。一方、「減少」すると見込む企業は5.8%(前年比2.9ポイント減)となった。その結果、総人件費の増加率は前年度から平均3.99%増加すると見込まれる[4]。そのうち従業員の給与は平均2.10%、賞与は平均5.62%それぞれ増加、さらに各種手当などを含む福利厚生費も平均3.55%増加すると試算される。[5]


    また、資本金1億円超の企業において、総人件費の増加率が3%以上とした企業は39.5%(前年比12.3ポイント増)、資本金1億円以下の企業において、総人件費の増加幅が1%以上とした企業は70.6%(同2.9ポイント増)となった 。

    2023年度の人件費の見通し

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  5. まとめ

    原材料価格の高止まりや電気料金などエネルギー価格の増加などによる影響が多くの企業で続いているほか、価格転嫁率が39.9%にとどまるなど、コスト負担の多くを企業が負担する状況となっている。こうしたなか、政府は価格交渉促進を図るなど、政労使をあげて賃上げに向けた環境を整え、企業をバックアップする姿勢を打ち出している。

    本調査によると、2023年度に賃金改善を見込む企業は56.5%となり、2018年度見込みと並び過去最高水準となった。特に、ベースアップによる賃金改善を進めようとする傾向が顕著に表れてきた。総人件費も企業の69.6%が増加を見込み、金額ベースで約4%と調査開始以降で最も高い上昇を想定している。


    2023年度は賃金改善に上向きの傾向がみられるが、賃金改善が「ある」と見込む理由では、依然として「労働力の定着・確保」が最も多く、「従業員の生活を支えるため」に行うという企業も7割にのぼる。さらに、非正社員においても企業の25.9%で賃金改善が「ある」と見込んでいた。


    企業の人手不足感が新型コロナ禍以前の水準まで高まり、物価高が進行するなか、賃金改善の動向は今後の経済を見通す上でより重要な要素となってきている。


    生活者の実質購買力を高めるため、企業が生産性向上を図るとともに、政府には適正な価格転嫁を行える環境を整える政策を実行していくことが必要となろう。


    [1] 「新入社員」は2023年度新卒新入社員の初任給、「従業員」は既存の正社員(係長相当職を含む)、「管理職」は課長相当職以上、「役員」は社長を含めた範囲を各階層としている
    [2]帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査(2022年12月)」(2023年1月23日発表)
    [3]「増加」(「減少」)は、「20%以上増加(減少)」「10%以上20%未満増加(減少)」「5%以上10%未満増加(減少)」「3%以上5%未満増加(減少)」「1%以上3%未満増加(減少)」の合計
    [4]総人件費の前年度からの増加率は、「20%以上増加(減少)」を20%、「10%以上20%未満増加(減少)」を15%、「5%以上10%未満増加(減少)」を7.5%、「3%以上5%未満増加(減少)」を4%、「1%以上3%未満増加(減少)」を2%、「変わらない」を0%として各選択肢の回答企業数で加重平均を取ることにより算出している
    [5]資本金1億円超の企業の母数は1,325社、資本金1億円以下の企業の母数は10,394社



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